駒田 好洋(読み)コマダ コウヨウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「駒田 好洋」の解説

駒田 好洋
コマダ コウヨウ


職業
弁士

本名
駒田 万次郎

生年月日
明治10年 7月1日

出生地
大阪府

経歴
呉服屋を営む家に生まれる。少年の時にアメリカ密航を企てるが、資金難から放浪2ヶ月で帰国。のち上京して宣伝広告代理業の広目屋に入社。明治30年に輸入された米国の発明王エジソンの発明品バイタスコープ(活動写真)の披露興行に参加したのをきっかけに弁士に転身、エジソンの弟子を自称し、洋行帰りから好洋と名乗る。のちに独立して日本率先活動写真会を結成し、日本全国を巡業片言の英語を交えながらの弁舌と“頗る非常”の口癖で徐々に人気を集め、“頗る非常大博士”の愛称があった。やがて巡業の衰退トーキー映画台頭で昭和6年以後は弁士の仕事が激減したが、自宅でセカイフィルム社を営み、所蔵する映画の賃貸を行った。

没年月日
昭和10年 8月11日 (1935年)

伝記
頗る非常!―怪人活弁士・駒田好洋の巡業奇聞 前川 公美夫 編著(発行元 新潮社 ’08発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「駒田 好洋」の解説

駒田 好洋
コマダ コウヨウ

明治〜昭和期の弁士



生年
明治10(1877)年7月1日

没年
昭和10(1935)年8月11日

出生地
大阪府

本名
駒田 万次郎

経歴
呉服屋を営む家に生まれる。少年の時にアメリカ密航を企てるが、資金難から放浪2ヶ月で帰国。のち上京して宣伝広告代理業の広目屋に入社。明治30年に輸入されたアメリカの発明王エジソンの発明品バイタスコープ(活動写真)の披露興行に参加したのをきっかけに弁士に転身、エジソンの弟子を自称し、洋行帰りから好洋と名乗る。のちに独立して日本率先活動写真会を結成し、日本全国を巡業。片言の英語を交えながらの弁舌と「頗る非常」の口癖で徐々に人気を集め、“頗る非常大博士”の愛称があった。やがて巡業の衰退やトーキー映画の台頭で昭和6年以後は弁士の仕事が激減したが、自宅でセカイフィルム社を営み、所蔵する映画の賃貸を行った。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「駒田 好洋」の解説

駒田 好洋 (こまだ こうよう)

生年月日:1877年7月1日
明治時代-昭和時代の活動写真弁士
1935年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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