野遠村(読み)のとおむら

日本歴史地名大系 「野遠村」の解説

野遠村
のとおむら

[現在地名]堺市野遠町

なか村の東に位置し、東端西除にしよけ川が流れ、南端竹内たけのうち街道が通る。東西四五〇間・南北三六〇間の条里制の地割に沿った村落で、集落南東にあるひがし池から西へ東西二町、南北一町ほどであった。能登村とも記された(植木家文書)。河内国八上やかみ郡に属する。中世は野遠郷の地。久安二年(一一四六)一〇月一七日の僧頼円田地売券(京都大学所蔵古文書集)に「野遠郷」とみえるのが早い。慶長一七年(一六一二)水割符帳(田中篤家文書)に村名がみえ、狭山さやま(現南河内郡狭山町)大樋筋から取水していた。水懸高四六三石余。正保郷帳の写とみられる河内国一国村高控帳によると高四六三石余。元文二年(一七三七)の河内国高帳では六一二石余とあり、以後変化はない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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