軍事司法制度(読み)ぐんじしほうせいど

改訂新版 世界大百科事典 「軍事司法制度」の意味・わかりやすい解説

軍事司法制度 (ぐんじしほうせいど)

軍隊の規律・秩序を維持するため,軍の構成員の規律違反その他の犯罪行為に対し,多くの国には一般の司法制度とは別の法体系による軍事司法制度が存在し,軍法,軍刑法等によりその処理方針などを規定している。この制度の歴史は軍隊や戦争の出現とともに古く,古代ローマ時代から存在し,戦場の指揮官には部下の軍人,軍属のいかなる犯罪に対しても刑罰を科する権限が与えられていた。罰として体刑(笞刑(ちけい)など)や死刑が頻繁に行われ,デシメーションdecimation(兵士10人につき1人を処刑する処刑者選択制度)という古式の刑も行われた。中世の軍事裁判は単純,粗野であり,代表的な例はイギリスのリチャード1世が十字軍内部の窃盗や争いを禁じた1190年の律令であるが,手続規定や軍法会議はなかった。中世後期,西欧にはかなり精密な軍法典が現れ,一部はローマの先例にならい,一部はフランクやゲルマン諸国の法規慣例に基づいていた。最も有名なのが神聖ローマ帝国カール5世のカロリーナ刑事法典で,欧州諸国の刑法,軍法のモデルとなった。

 近代の軍法の嚆矢(こうし)はスウェーデンのグスタフ2世の軍法典(1621)で,イギリスのチャールズ1世と議会との内戦(1642-46)の少し前に英訳されてArticles of Warとなり,イギリス,アメリカの軍法のもととなった。他の諸国もその影響を受け,類似の軍法を作った。イギリスは1190年の律令からジェームズ2世の軍法(1685)まで国王により公布され,議会の承認を欠き,コモン・ローの中にも軍事犯罪,軍事罰,軍事裁判所に関するものはなかったが,1689年議会は毎年改訂される法として反乱法Mutiny Actを制定し,反乱の処罰だけでなく広く軍隊の規律を定め,違反者には軍法会議により死刑その他の刑を科した。以後約2世紀間,国王の定める軍法(主として海外に駐屯する軍隊に適用)と議会の制定する反乱法が並存していたが,1881年に両者が統一され,やがてArmy Actと称する現在の法律に引き継がれている。アメリカでは議会制定による軍法のみであり,イギリスにならった1775年のArticles of Warが最初であり,憲法(1787)により陸海軍の統轄および規律の規則制定は議会の権限とされ,1920年まで多くの改正がなされた。1950年5月軍法,海軍管理法Articles for the Government of the Navy,沿岸警備隊懲罰法Disciplinary Laws of the Coast Guardを合わせた統一軍事裁判法Uniform Code of Military Justiceとなり,現在にいたっている。

旧軍に関しては1872年(明治5)8月に海陸軍刑律が公布され,81年布告で陸・海軍各刑法に分離,1908年全面改正・整備され陸軍刑法海軍刑法となり,47年5月廃止まで続いた。軍刑法は罪を犯した軍人(軍属を含む)や特定の罪(哨兵への暴行等)を犯した非軍人,捕虜にも適用された。罪の種類は反乱,擅権(せんけん),辱職,抗命,暴行脅迫および殺傷,侮辱,逃亡,軍用物損壊,掠奪および強姦,俘虜に関する罪,違令に大別され,各細分され総計80余の条文があった。刑の種類は死刑,懲役(有期・無期),禁錮(同)であった。軍刑法犯罪を裁くため特別裁判所として陸・海軍各軍法会議が設けられた。その前身は1869年(明治2)8月兵部省内に設けた糺問司で,72年兵部省が陸・海軍各省に分かれて所属が分かれ,陸・海軍各裁判所となり,82年軍法会議となり,1921年4月陸・海軍各軍法会議法により整備され,46年5月廃止まで続いた。

 現在の自衛隊は憲法の精神により専ら自衛を目的とする武装部隊で,旧軍とは異なり軍刑法はない。ただ,自衛隊法により隊員の服務規律が定められ,特定の規律違反に対しては罰則(行政罰)がある。罰の内容は違反の種類により異なり,最低1年以下の懲役または3万円以下の罰金から,最高7年以下の懲役または禁錮となっている。その裁判については,憲法76条により特別裁判所の設置は禁止されており,すべて一般の司法裁判所で行っている。

アメリカの統一軍事裁判法は,逃亡,無断欠勤,上官暴行,抗命,利敵行為等軍務に直接関係ある犯罪のほか,殺人,放火,窃盗,強盗,傷害等の一般犯罪を含む50以上の罪を定める。それらは軍法会議の命ずるところにより,敵前逃亡および任務放棄,戦時歩哨の居眠り,殺人等に対しては最高死刑が科せられる。軍法会議は3種あり,一般軍法会議は師団,機動部隊以上の長が召集し,最少5名の判士と1名の法務将校で構成され,不名誉除隊から死刑までの刑を宣告する。特別軍法会議は旅団,連隊の長,艦長が召集し,判士1名を含む3名以上で構成し,6ヵ月以下の拘禁,重労働,減給3分の2,6ヵ月以下の刑を宣告する。略式軍法会議は独立中隊長が召集し,1名の将校判士により30日以下の拘禁,2ヵ月以下の重労働,減給3分の2,1ヵ月以下の刑を宣告する。一般・特別軍法会議の判士は将校であるが,被告下士官,兵の要求により,最小限3分の1を下士官,兵とすることができる。なお,軍法会議の判決に対しては軍事控訴裁判所に控訴することができる。

 イギリスの軍法は40以上の罪を定め,刑には死刑,禁錮,懲戒免職,拘禁,先任権停止,降等,罰金,譴責(けんせき)(重・軽)があり,特に将校または紳士たるにふさわしくない行為に対しては免職がなされ,いっさいの公職から排除される。軍法会議は3種あり,一般軍法会議は議長と4名以上の将校で構成し,死刑以下すべての判決を行う。地区軍法会議は議長と2名以上の将校で構成し,将校以外の者に2年以下の拘禁,不名誉除隊の判決を行う。野戦一般軍法会議は議長と2名以上の将校で構成し,一般軍法会議と同じ権限を持つ。

 西ドイツでは第2次大戦後,連邦軍の創設に伴い1957年に軍刑法を制定した。罪の種類は軍務遂行義務違反,部下の義務違反,上官の義務違反,およびその他軍事上の義務違反に大別され,30余の条文がある。刑の種類は当初は拘留,禁錮,懲役(軽・重),罰金であったが,刑法改正により拘留,禁錮,懲役は自由刑となり,基本法102条で死刑は廃止され,最高刑でも自由刑10年である。裁判も一般の裁判所で行われる。なお,基本法96条は戦時および海外派遣の軍艦に乗艦する軍の構成員の犯罪に関してのみ司法権を行使する軍刑事裁判所を設置できると定めているが,いまだ設置されていない。

軍事司法権は一般刑法とは別の軍(刑)法により,軍の構成員等の犯罪行為につき軍当局が独自の司法権を行使するものである。通常,特別法たる軍刑法が優先するが,軍刑法と無関係な軍人犯罪は一般裁判所の管轄でもあり,競合するときは国により取扱いを異にする。アメリカでは戦時または外国で平時に軍務につく非軍人にも軍法を適用したが,1960年連邦裁判所は除隊した旧軍人および平時の民間人犯罪に軍法は適用できない旨判決した。また,安保条約により日本に駐留するアメリカ軍人,軍属等の犯罪については両国間にいわゆる地位協定が締結されており,犯罪者の身分,犯罪の種類,公務遂行中であるか否かなどにより,軍当局の裁判権と日本の裁判権とを区分した詳細な規定がなされている。イギリスでは軍法の適用を受ける者が国の内外において一般犯罪(国内法により罰せられる行為civil offence)を犯した場合は軍法70条違反とされ,軍法会議の判決によって反逆であれば死刑,殺人であれば終身刑,その他の場合には一般司法裁判所が科しうる同等の刑に処する旨規定する。

 なお,戦争その他の危機に際して日本以外には戒厳制度を有する国も多いが,戒厳令が施行されると一般司法権に対し軍事司法権が優先することとなる。

多くの国では軍人等の比較的軽易の非行に対し軍事司法手続とは別に指揮官等による懲戒罰の制度がある。旧日本軍には陸・海軍各懲罰令(1911)があり,陸軍では将校には重・軽謹慎(1~30日,減給併科),譴責,下士官には免官,譴責,重・軽謹慎,兵には降等,重・軽営倉(1~30日)があり,師団長以上は一切の権限を持ち,旅団長~中隊長は限られた権限を持っていた。海軍では准士官以上には謹慎(60日以内),下士官および兵には拘禁(30日以内),禁足(60日以内)があり,大臣,長官(軍令部総長,鎮守府司令長官等),所轄長(艦船,部隊,官衙,学校の長等),分隊長が権限を持っていた。現在の自衛隊では,自衛隊法により免職,降任,停職,減給および戒告の懲戒処分があり,懲戒権者は防衛庁長官であるが,各幕僚長,部隊および機関の長に権限の一部が委任されている。

 アメリカでは統一軍事裁判法によって拘禁(60日以内),教化拘禁(上等兵以下に60日以内),加重拘禁(下士官以下に45日以内),降任(伍長以下),減給(2分の1,2ヵ月以内)があり,懲罰権者は中隊長以上である。不服の場合は軍法会議を要求できる。イギリスでは下士官,および兵に対して拘禁(28日以内),減俸(最高28日分),泥酔への罰金(最高2ポンド)がある。旧ソ連では注意,戒告,警告,下士官および兵に対する外出禁止,営倉(15日以内),職務降任,階級降等,階級剝奪などがあった。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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