赤館町(読み)あかだてまち

日本歴史地名大系 「赤館町」の解説

赤館町
あかだてまち

[現在地名]能代市やなぎ

東にはた町、北に長根ながね町がある。侍屋敷町。

寛保元年(一七四一)成立の「代邑聞見録」に「宝永年中建」とあるが、「昔能代給人多賀谷左兵衛殿組下斗り来しに、元禄年中故ありて右之内廃せられ、跡給人手不足公用弁兼たるにより、時の兼役御本方奉行申立、宝永年中松野源五郎殿手下檜山より引移す」ともあり、元禄以前から多賀谷組下の久保田給人がおり、町名はつかなくても住居はあった。宝永年間(一七〇四―一一)に松野組下の久保田給人が檜山ひやまから移り住んで「給人中依願赤館町と号す」となった。松野組下で檜山赤館町に住んでいた給人が移ったのであろう。

赤館町
あかだてまち

[現在地名]能代市檜山字赤館

おお町から小横こよこ町に入り、橋を渡った所から赤館町となる。町の長さは二五〇間。松野氏の組下の侍屋敷。松野氏は寛永四年(一六二七)四〇〇石で檜山に配置された(在々給人配当帳)。町の両側に侍屋敷が並び、北側は檜山川との間に小路が一本延びて、両脇に侍屋敷がある。享保一三年(一七二八)の檜山一円御絵図(秋田県庁蔵)で四九軒。

赤館町
あかだてまち

[現在地名]大館市赤館

けい城東南部に接する武家町。元禄一七年(一七〇四)の大館城下絵図に「赤館町」とみえる。佐竹給人赤館某が居住したことから町名が生じたという。南北に走る道路を軸に形成され、南は部垂へだれ町と接し、東に金坂かねざか町が平行する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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