日本大百科全書(ニッポニカ) 「住居」の意味・わかりやすい解説
住居
じゅうきょ
衣食住という表現が示すように、住居は人間生活の基本条件の一つである。建築物としての住居に対しては、家屋や住宅などのことばがしばしば用いられるが、住居ということばは単に建築物のみを指し示すわけではない。建築物の中で人間の生活が営まれて初めてそれは住居とよびうる存在となるのである。また、人間の手がほとんど加わっていない洞窟(どうくつ)などの自然物を利用して、その中で人間が生活するような場合にも、住居ということばを用いることができる。すなわち、人間が手を加えるか加えないかにかかわらず、ある一定の空間を、人間が生活を営む場として利用するとき、それが住居とよばれるのである。
[栗田博之]
住居の機能
住居が人間生活に対して果たすもっとも基本的な機能は、人間生活を外界から保護するというシェルターとしての役割である。住居によって人間は雨や風、暑さや寒さなどの自然の力から保護され、さまざまな行為を円滑に進めることができる。また、これらの自然力のほかにも、外界には猛獣、毒をもった動物、敵対関係にある人間などが存在し、住居はこれらの外敵からも人間を保護してくれる。このシェルター(避難所)としての役割のほかにも、社会生活を営む場としての役割、儀礼的・宗教的な役割など、住居はさまざまな機能をあわせもっているが、住居がどのような機能を果たしているかは、社会ごとに、また地域ごとに異なっている。
これと同様に、住居内で行われる人間の行為も多種多様である。睡眠や休息を住居内でとるというのは、かなり一般的な現象である。また、食物の調理、食事、性交、排泄(はいせつ)、育児、所有物の保持などの行為も住居内で行われることが多い。寝室、台所、食堂、便所、倉庫など、ある行為が別の棟で行われるという、棟ごとに機能が分化している場合もしばしばみられるが、これは、住居と家屋とはいちおう別のものであるという点を考慮すれば、一つの家屋内で室ごとに機能が分化しているという場合と大差なく、それらの棟をまとめて一つの住居であると考えればよい。このほかにも、さまざまな行為が住居内で行われるが、どの行為が住居内で行われるかは、やはり社会ごとに、また地域ごとに異なっている。
以上から明らかなように、住居という概念を厳密に定義することは非常にむずかしい。ある一つの機能、あるいはある一つの行為を取り出して、そこから住居を定義することはできないのである。住居というものを、いちおう建物と切り離して、一種の空間概念としてとらえるほうが適切であろうが、やはりその概念自体もあいまいなものとしてとどまってしまうのである。
[栗田博之]
自然環境と住居
シェルターとしての住居の機能に注目すると、住居の形態と自然環境の間には密接な関連がみられる。寒冷な地域では、暖房を用いて室温を上げ、さらに保温性を高めることが必要となる。暖房方法としては、炉(ろ)を用いたりして室内で火を焚(た)く方法が一般的であるが、朝鮮のオンドルなどの床下暖房や、ロシアのペチカなどの壁面暖房などもみられる。また、保温性を高めるためには、竪穴(たてあな)住居のような半地下式住居を用いたり、壁面や屋根の部分を密閉したりする方法などが用いられる。エスキモーのイグルーとよばれる、凍結した雪を用いた住居の場合、保温性が非常に高く、北極圏周辺の気候にみごとに適応している。シベリアや北西アメリカにみられる半地下式住居の場合も、地上部を土で密閉することによって保温性を高めている。
これに対し、熱帯周辺地域では、いかに室温を下げるかが問題となる。一般的にみられるのは、住居内の通風性を高めるという方法である。壁面のすきまを利用して通風性を高める場合が多いが、東南アジアからメラネシアにかけてみられる杭上(こうじょう)住居では、床面を地表面から離すことによって、よりいっそうの通風性が確保されている。この開放性の住居とは逆に、熱い外気の侵入や影響を避けるために、閉鎖性を高めるという方法が採用されることもある。厚い土壁や日干しれんがの壁を用いた閉鎖性の高い住居が西南アジアや北アフリカにみられるのは、このためである。
一方、降水量も住居形態にさまざまな影響を与える。多雨地帯では、傾斜屋根を用いて、室内への雨の侵入を防ぐ。また、地表面からの雨水の侵入を防ぐために、住居の入口に框(かまち)を設けたり、高床(たかゆか)式住居や杭上住居を用いたりする。逆に、少雨地帯、乾燥地帯では、簡素な屋根あるいは平屋根などで十分である。また、多雪地帯では、積雪の重みに耐えうるような構造の住居が発達し、急傾斜の屋根によって積雪を防いだりしている。
自然環境は住居の形態に影響を与えるだけでなく、住居の材料を提供するものでもあり、どのような素材が入手可能かによって、住居の形態は変化してくる。乾燥地帯など、木材の入手が困難な地域では、土や日干しれんが、石材などが利用される。エスキモーのイグルーの場合には、凍結した雪が利用される。木材など植物の利用に関しても、針葉樹などの直材が利用可能な地域と、低灌木(ていかんぼく)などしか利用できない地域とでは、当然住居の形態も異なってくる。このほか、動物の皮をテント式の住居に用いたり、牛糞(ぎゅうふん)などを土に混ぜて土壁に用いたり、草や藁(わら)、ヤシの葉などを屋根材として用いたりするなど、さまざまなものが材料として用いられている。
[栗田博之]
文化と住居
以上のように、自然環境が住居の形態に大きな影響を与えていることは明らかではあるが、けっして自然環境が住居の形態を決定しているわけではない。同じような自然環境のなかで生活している場合にも、生業形態が異なったり、文化が異なったりするために、住居の形態が異なっているという例が世界各地にみられる。材料に関しても、人々のもつテクノロジー(技術)によって、どのような素材が利用できるかが異なってくるし、また、同じ材料を利用したとしても、テクノロジーによって、住居の形態は異なってくる。したがって、住居の形態に関する単純な環境決定論は成立しない。住居の問題は文化の問題でもあるのである。
[栗田博之]
生業形態と住居
まず、住居の形態は生業形態と関連している。狩猟採集民、遊牧民など、移動生活を行う場合には、住居もその移動生活に適したものでなければならない。アフリカのサン人、東南アジアのネグリト、オーストラリア先住民などの住居は、単なる風よけにすぎないようなものであり、移動先で短時間のうちにつくることができ、次に移動する際にはそのまま放置しておくような使い捨ての住居である。
組立て・解体の容易なテント式の住居も、移動生活を営む人々によってしばしば用いられる。シベリアの狩猟民が用いるチュム、北アメリカの採集狩猟に従事する先住民の用いるティピは、円錐(えんすい)形の小型のテントであり、動物の皮などがテント地として用いられる。また、屋根と壁面からなるテントは、シベリア、モンゴル、中央アジア、西アジア、北アフリカの遊牧民の間で用いられており、動物の皮のほか、布地などをテント地として用いる。中国でパオ、モンゴルでゲル、シベリアでユルトとよばれるものが、この型のテントである。
一方、定住度の高い農耕民の場合には、より固定的な住居が一般に用いられている。焼畑農耕の場合、多少移動性がかかわってくるが、移動周期は比較的長く、やはり住居は固定的である。漁労に従事する人々の場合は、ほぼ狩猟採集民の場合に準ずるが、船を利用した漁労の場合には、船自体が住居の役割を果たすこともある。また、ペルーのティティカカ湖では、漁労に従事するインディオが葦(あし)でつくった浮き島の上に居住しており、ときには浮き島ごと移動することもある。このほか、東南アジアやメラネシア、南アメリカでは、水上に杭上住居を建てる例がみられるが、これらの人々はかならずしも漁労をおもな生業としているわけではない。
[栗田博之]
社会構造と住居
住居の形態は、また、社会構造とも密接に関連している。一つの住居に一家族が居住するという場合が一般的ではあるが、単に家族といっても、核家族以外に、直系家族、拡大家族、合同家族、複婚家族などがあり、どのような親族が一つの住居を共有するかは、社会ごとに異なっている。また、これには、単系社会であるか、双系社会であるかも深く関係している。非親族成員が同居する場合もしばしばみられるし、一家族が複数の住居に分かれて住むこともある。東南アジア、メラネシア、北アメリカなどでみられるロングハウスという住居形態では、一つの長大な家屋の中に多数の家族が居住する。一つの住居にさまざまな親族成員や非親族成員が居住している場合には、住居内の空間がどのように分割されているか、どの部分が共有され、どの部分がだれに専有されているかを考えなければならない。しばしば、住居内が大きく核家族ごとの空間に分割されていることがある。また、男女の分離が明確な社会では、住居内が男性の空間と女性の空間に分割されていることもある。これがさらに進んで、男性は男性の家に、女性は女性の家に住むという場合も多く、一夫多妻婚がみられる社会では、夫は男性の家に、妻は各自の女の家に住むという場合もある。また、男性は共同で一つの男性の家に、女性は、より小さな女性の家に住むという例もみられる。年齢集団の組織が発達した社会では、たとえば若者宿や娘宿のように、一つの年齢集団が一つの住居を共有するという場合もある。これらさまざまな例が示すように、住居を一つ一つ孤立したものとして扱うだけでは十分でない場合も多い。アフリカのコンパウンドのように、一敷地内にある複数の家屋が有機的に結び付いている場合があるし、1村落1ロングハウスというような例もあり、家族、親族集団、村落、地縁集団など、人間集団と居住空間の関係を考えなければ、さまざまな住居の形態を理解することはできないのである。
[栗田博之]
儀礼と住居
住居は、また宗教や儀礼と結び付いている場合が多い。住居が儀礼の場となったり、住居内に祭壇などが置かれたりする例は、世界各地にみられる。また、住居の位置が宗教的な意味から決定されることも多い。東西南北、海と山、上流と下流など、住居の向きを方位によって定めるということも、バリ島をはじめとして、世界各地で行われている。また、住居内の空間の分割が、聖と俗、清浄と穢(けが)れ、右と左、上と下などのシンボリズムと結び付いている例も多い。このほか、東インドネシアの一部で、住居が母胎と同一視されるように、住居が身体のイメージで語られたり、住居が小宇宙と考えられたりするなど、住居が世界観や宇宙論と結び付くという現象も広くみられる。
なお、西洋、日本の住宅の歴史、現代の住宅建築に関する諸事項については、「住宅」の項目を参照されたい。
[栗田博之]
『石毛直道著『住居空間の人類学』(1972・鹿島研究所出版会)』▽『泉靖一編『住まいの原型Ⅰ』(1971・鹿島研究所出版会)』▽『吉阪隆正他著『住まいの原型Ⅱ』(1973・鹿島研究所出版会)』