説一切有部(読み)せついっさいうぶ

精選版 日本国語大辞典 「説一切有部」の意味・読み・例文・類語

せついっさい‐うぶ【説一切有部】

〘名〙 インド仏教学派の一つ。仏滅後三百年ごろ、根本上座部から分出した一派有部(うぶ)。〔律宗瓊鑑草‐六〕

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デジタル大辞泉 「説一切有部」の意味・読み・例文・類語

せついっさい‐うぶ【説一切有部】

部派仏教ぶはぶっきょう20部のうちの一派。開祖は迦多衍尼子かたえんにし。論を中心とし、生命の中心的な我は空であるが存在を構成する実体は在るなどと主張。一切有部。有部。

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改訂新版 世界大百科事典 「説一切有部」の意味・わかりやすい解説

説一切有部 (せついっさいうぶ)

小乗仏教上座部から分派した一部派。サンスクリットでサルバースティバーディンSarvāstivādinといい,有部と略称される。分派史《異部宗輪論》によれば,成立は前2世紀の前半である。その後しばらくして迦多衍尼子(かたえんにし)が現れ《発智論(ほつちろん)》を著し,有部の体系を大成したという。しかし現在の研究では,有部の名の出る最古碑文が後1世紀初頭であることから,その成立は上の年代よりやや下るものと考えられている。

 有部の基本的立場は三世実有説である。森羅万象を形成するための要素的存在として70ほどの法(ダルマ)を想定し,これらの法が過去・未来・現在の三世に常に自己同一を保ち実在するが,我々がそれらを経験できるのは現在の一瞬間にすぎない,という主張である。すなわち未来世に存するさまざまな可能性をもった雑乱住の法が現在に引張り出され,そこで一瞬間我々に認識され,次に過去に落謝する(去る)という。このように我々は映画のフィルムの各こまを見るように,瞬間ごとに異なった法を経験しているのだと唱え,諸行無常を説明するのである。

 心理論としては46の心所(心理現象,これは上述の70ほどの法に含まれる)のおのおのが認識主体としての心と結びつき(相応,チッタサンプラユクタcittasaṃprayukta),心理現象が現れるという心・心所相応説を明示している。また特に心と相伴う関係にあるのではなく,物でも心でもなく,それらの間の関係とか力,また概念などの心不相応行法(チッタビプラユクタ・サンスカーラダルマcittaviprayukta-saṃskāradharma,これも上の70ほどの法に含まれている)の存在を認めた。業論としては,極端な善・悪の行為をなしたとき,人間の身体に一生の間,その影響を与えつづける無表色(アビジュニャプティルーパavijñaptirūpa)が生ずると主張した。これは現代では心理的影響と考えられるが,有部はこれを物質とみたところに特徴がある。

 有部は人間の苦の直接の原因を,誤った行為(業)とみ,その究極の原因を煩悩(惑)と考えた。すなわち人間の存在を惑→業→苦の連鎖とみる(これを業感縁起という)。それゆえ人間が苦からのがれ涅槃(さとり)の境地を得るためには,煩悩を断ずればよいことになる。このようにして有部は108の煩悩を考え,この断除のしかたを考察した。すなわち四諦の理をくりかえし研究考察することによって智慧が生じ,この智慧によって煩悩を断ずるのである。すべての煩悩を断じた修行者は聖人となり阿羅漢羅漢)と称される。これが涅槃の境地である。しかし有部は涅槃に2種あるとした。まだ肉体が存する阿羅漢の境地は肉体的苦痛が存するので不完全とみなし,有余依涅槃と呼び,阿羅漢の死後を完全な涅槃とみて,無余依涅槃と称した。また釈迦(仏陀)は格段に優れた人格者とみなし,一般修行者は決して仏陀の境地には達せず,阿羅漢までしかなれないという思想を有していた。

 有部は釈迦の教説を忠実に正確に解釈しようと努めたが,その結果は出家中心主義となり,煩瑣にして膨大な体系は一般人の近づき難いものとなって,大乗仏教の興起をうながしたが,同時代および後のインド仏教に量り知れない大きな影響を与えたのである。
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百科事典マイペディア 「説一切有部」の意味・わかりやすい解説

説一切有部【せついっさいうぶ】

有部とも。小乗仏教の代表的一派。釈迦の滅後300年のころ,上座部より分かれた。部派の祖はカタヤーヤニプトラ。自我は非実在,構成諸要素(諸法)は実在と見て,全宇宙を五つの範疇(はんちゅう)と75の構成要素(五位七十五法)に分ける整然たる体系をつくり上げた。《大毘婆沙論》《発智論》などが代表的著作であり,《倶舎論》はこの部派の主要な概説書である。この部派の教義は,大乗の主要な論敵とみられたため盛んに研究された。大乗仏教国でも,戒律はこの部派の戒律によることが多い。
→関連項目経量部大毘婆沙論

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「説一切有部」の意味・わかりやすい解説

説一切有部
せついっさいうぶ
sarvāstivādin

薩婆多部と音写され,有部と略称される。釈尊の死後 300年頃,仏教は 20部派に分裂したが,説一切有部はそのなかの一派で,上座部から分れた。その特徴は,我空法有,三世実有法体恒有を説くところにある。過去,現在,未来のいずれに存在するものも実在であるという。また諸法を五位七十五法に分けて説明する。『大毘婆沙論』『六足論』『発智論』は有部の教義を述べたもので,『倶舎論』もまた有部の教義を述べている。

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世界大百科事典(旧版)内の説一切有部の言及

【上座部】より

… 根本上座部は《異部宗輪論》によれば雪山(せつせん)部(ハイマバタHaimavata)とも呼ばれたという。上座部の教義は明らかではないが,その後200年してこの部派はさらに分裂を繰り返し,その中の犢子(とくし)部,化地(けじ)部,説一切有(せついつさいう)部,法蔵部,経量部などは精緻にして特色あるアビダルマ(論蔵)を構成して,部派仏教(小乗仏教)の展開に大きく貢献し,仏教思想全体に多大な影響を与えた。大衆部【加藤 純章】。…

【小乗仏教】より

…小乗仏教の思想は釈迦とその直弟子たちの初期仏教と,後の大乗仏教を理解する上にも重要である。 小乗仏教の中で特に重要な部派は,大衆(だいしゆ)部説一切有(せついつさいう)部,犢子(とくし)部,化地(けち)部,法蔵部,経量(きようりよう)部などであるが,現存資料としてはスリランカ上座部の伝持するパーリ語で書かれた論蔵と,漢訳に伝わる説一切有部のものがほぼすべてであり,他部派の論蔵はきわめて少ない。 小乗仏教の教理の特徴は,釈迦の教えをいかに正確に理解し整備するかという点にある。…

【部派仏教】より

…この20部派およびこれらの部派に所属する経・律・論に説かれた教説が〈部派仏教〉と定義される。代表的な部派としては,西北インドに栄えた説一切有(せついつさいう)部,中西インドの正量(しようりよう)部,西南インドの上座部(以上,上座部系),南方インドの大衆部などが挙げられる。大乗仏教から特に攻撃対象とされたのは説一切有部であり,後に大乗に転向した無著(むぢやく),世親の兄弟は,初めこの部派に属していた。…

【竜樹】より

…これを評価して,中国や日本では〈八宗の祖師〉と仰がれている。彼は,その主著《中論》(正確には《中頌》)において説一切有部(せついつさいうぶ)を代表とするいっさいの実在論を否定し,すべてのものは真実には存在せず,単に言葉によって設定されたのみのものであると説いている。この主張を受け継いで成立したのが中観派である。…

※「説一切有部」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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