蔵原村(読み)くらばらむら

日本歴史地名大系 「蔵原村」の解説

蔵原村
くらばらむら

[現在地名]高根町蔵原

八ヶ岳南麓の尾根の南端部、標高六〇〇―六八〇メートル付近に位置。東は雲雀沢ひばりさわ川を隔てて箕輪みのわ村、西は小池こいけ村、北は村山東割むらやまひがしわり村。地名は古代に屯倉を置いたことにちなむという(甲斐国志)。「武田家日坏帳」によれば弘治二年(一五五六)四月二一日に「逸見蔵原」の中村右近丞が、永禄七年(一五六四)三月二一日に逸見蔵原中村右近丞内方がともに逆修供養を行っており、蔵原在住の武士とその妻と思われる。永禄四年の番帳の六六番に「井出の禰き」とともに「蔵原のねき」がみえる。慶長一三年(一六〇八)の番帳にも六一番に「熱那之禰宜」とともに蔵原の禰宜があげられている。当地の諏訪明神神職と考えられる。

慶長六年の検地帳(県立図書館蔵)では上田一町四反余(別冊では一町九反余、以下同)・中田二町一反余(二町八反余)・下田八町三反余(六町二反余)・下々田二町六反余(三町三反余)、上畑九反余(一町五反余)・中畑二町八反余(四町余)・下畑六町二反余(七町二反余)・下々畑四町四反余(三町一反余)、弾正荒田畑三反余(五反余)・熊蔵荒田畑三町二反余(二町五反余)、屋敷数二五。

蔵原村
くらばるむら

[現在地名]阿蘇町蔵原

西は黒川くろかわ村、東は竹原たかわら村に接する。倉原とも記した。元徳元年(一三二九)から始まる阿蘇社造営に際し料木などを負担している(同二年一月一四日「阿蘇社造営料木第三箇度切符写」など、阿蘇家文書)。建武三年(一三三六)三月一一日の阿蘇社領郷村注文写(同文書)には、西郷の中の小郷に「一所六十町 今ハ五町 倉原郷」とみえる。至徳二年(一三八五)八月七日の阿蘇社領郷々注文(同文書)には「五反四丈くらはらのさんさい」とあり、このうち二反が当作で、三反四丈は水損、御米田の作人は四郎五郎で、ほかは大宮司の御料所(直轄領)と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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