花・華・英(読み)はな

精選版 日本国語大辞典 「花・華・英」の意味・読み・例文・類語

はな【花・華・英】

〘名〙
[一] 植物の器官の一つで、一定の時期に美しい色彩を帯びて形づくるもの。
① 種子植物で、有性生殖を行なうために分化した花葉と花軸の総称。花葉には花冠(萼片・花弁)・雄しべ・心皮の区別がある。花弁は時には萼片や苞葉とともに、美しい独特の色彩を持つが、実際には緑色のものが多い。また、これを構成する各花葉の有無により完全花・不完全花、雌しべ・雄しべの有無で単性花・両性花などに区別する。普通、つぼみが開いたもので、受精して実を結ぶ。また、隠花植物の胞子穂などをいうこともある。
※古事記(712)下・歌謡「葉広 斉(ゆ)つ真椿 そが葉の 広り坐し その波那(ハナ)の 照り坐す」
② (春、百花にさきがけて咲き、また奈良時代以来その愛好が盛んであったところから) 特に梅の花をいう。
※万葉(8C後)八・一六五三「今のごと心を常に思へらば先づ咲く花(はな)の地(つち)に落ちめやも」
③ (それが春を代表する花であるところから) 特に桜の花をいう。平安後期に固定したものとみられ、以降「花」すなわち「桜」の用法が多い。《季・春》
※古今(905‐914)春下・七六「花ちらす風の宿りはたれかしるわれに教へよ行きて恨みむ〈素性〉」
④ ①が咲くこと。開花。特に桜の花にいう。
※万葉(8C後)七・一三五九「向つ岡(を)の若楓の木下枝(しづえ)とり花(はな)待つい間に嘆きつるかも」
⑤ ①を見て賞すること。特に桜の花にいう。花見。
※新古今(1205)春上・九四「尋ね来て花にくらせる木の間より待つとしもなき山の端の月〈藤原雅経〉」
※俳諧・蕪村句集(1784)春「花に暮て我家遠き野道かな」
⑥ ①のうち、神仏に供えたり生け花としたりするもの。①のついていない枝葉などをもいう。
※万葉(8C後)一〇・一九〇四「梅の花しだり柳に折りまじへ花にそなへば君にあはむかも」
⑦ (仏前に供えるところから) 植物「しきみ(樒)」の異名。〔書言字考節用集(1717)〕
⑧ 花をいけること。いけばな。花道(かどう)。お花。
※雑俳・柳多留‐六(1771)「掴み込みましたと亭主花の味噌」
⑨ 露草の花びらからしぼりとった青色絵の具。これを和紙にしませて青花紙(あおばながみ)を作る。
※栄花(1028‐92頃)もとのしづく「頭には花を塗り」
⑩ 露草の花のしぼり汁の青白い色。縹(はなだ)。さらに、藍染(あいぞめ)の淡い藍色をいう。また、花染。
※枕(10C終)三六「みちのくに紙の畳紙のほそやかなるが、花かくれなゐか、すこしにほひたるも」
⑪ 米、麦、大豆などの原料に繁殖した麹黴(こうじかび)。麹花(こうじばな)。また、麹のこと。
※玉塵抄(1563)四〇「酒つくる花のことなりかうじをここらに花と云ぞ」
⑫ 自然界の美の代表として、また、春の風雅の対象物の代表としていう。「花ほととぎす月雪」「雪月花」など。
※後撰(951‐953頃)夏「はな鳥の色をもねをもいたづらに物うかる身はすぐすのみなり〈藤原雅正〉」
[二] (色や形から比喩的に用いる)
① 雪、霜、白波、月光、灯火などを、その形状や色合の白の意識をなかだちとして花に見立てていうことば。「雪の花」「氷の花」「波の花」「湯の花」「硫黄の花」「火花」「風花」など複合語となることが多い。
② 灯心がとぼって、その先端の白く灰状になったもの。
※護持院原の敵討(1913)〈森鴎外〉「先づ燈心の花を落して掻き立てた」
③ 瘡(かさ)、あるいは発疹。
※浮世草子・諸道聴耳世間猿(1766)三「顔の膏薬も、てっきりおどもりの湿の瘡(ハナ)
④ 茶を煎じたとき表面に浮くあわの、軽く細かいものをいう。
⑤ 月経。
※雑俳・柳多留‐四四(1808)「恋の花けふ咲きそめる恥しさ」
[三] 花にあやかったり、花をかたどったり、あるいは花を描いたりした物や事柄。
① 造花。つくりばな。かざりばな。
※御伽草子・あきみち(室町末)「花を結び、殊更ものを能く書きて」
② 散華(さんげ)に用いる紙製の蓮の花びら。
※浮世草子・西鶴織留(1694)二「葬礼は此家から花をふらして」
③ (「纏頭」とも書く。花の枝につける進物の意から)
(イ) 芸人や力士などに祝儀として与える金品。また、祭の寄付をもいう。かずけもの。てんとう。心付け。紙花と称して、紙をひねって与え、のちに現金に換えることもある。
※評判記・寝物語(1656)一三「銀壱両位の花をいだすがよく侍る」
④ 俳諧・狂歌の添削料のこと。入花(いればな)。点料。
⑤ 上方で、芸娼妓や幇間(ほうかん)の揚げ代をいう。花代。
※浮世草子・好色産毛(1695頃)四「宵から漸花(ハナ)ふたつ」
⑥ 上方で、芸娼妓の花代を計算するために用いる線香。また、それによって計る時間。芸娼妓を揚げると、置屋の線香場に線香を立て、その一本が燃えつきるのをもって花一つとして時間を計る。時計を用いるようになってもいう。〔洒落本・月花余情(1746)〕
⑦ 芸娼妓・幇間(ほうかん)が、線香による計算で座敷に呼ばれること。
※随筆・皇都午睡(1850)三「上方の女郎を呼にやると、今一寸余所へ花に往てじゃといへば」
ウンスンカルタの組札の一種。剣や筒の頭に花のついた図柄のもの。全部で九枚あり、「ロハイ」(飛龍を描いたもの)に花のついたものを貴び、この札を持った人から打ち始める。
※随筆・半日閑話(1823頃)八「たとへば花の三を壱人出し」
⑨ 花カルタ。花札。また、それを用いて行なう競技。花合わせ。
※洒落本・南閨雑話(1773)「大分花がはやるとの噂だが」
⑩ 連句の花の定座(じょうざ)。また、花の句。
※俳諧・去来抄(1702‐04)故実「卯七曰『花を引上げて作するはいかに』」
⑪ 昔の菓子の名。丸く平たくて花弁に似た形のもの。もとは吉野で、年頭に蔵王権現に供えた餠を砕き、米を加えて作り、二月一日、諸人に配る餠。花(はな)の果物。
山家集(12C後)下「供養を述べん料にとて、菓(くだ)物を遣はしたりけるに、花と申ものの侍けるを見て遣はしける」
[四] 花の美しく、咲き栄えるさまにたとえていう。
① (形動) はなばなしく栄えること。美しく盛んなこと。はなやかなこと。栄華。繁栄
※栄花(1028‐92頃)初花「時の花をかざす心ばへにや」
② (「花の…」の形で) 美しいさま、華やかなさまを表わす。ほめことばとして用いる。
有明の別(12C後)三「めづらしきさましたるはなの女、七人おりきて」
③ 世阿彌(ぜあみ)能楽論の用語。観客感銘を与える芸のおもしろさ、珍しさ。能として表現されたおもしろさをいい、また一方で、おもしろく見せようと工夫し、珍しさとは何かを感得する演者の心のはたらきをもいう。
※風姿花伝(1400‐02頃)七「はなと面白きと珍しきと、これ三つは同じ心なり」
④ 舞台、演芸などで、表現のはなやかさ。はなやかな個性。
※巷談本牧亭(1964)〈安藤鶴夫〉生きる「芸に花はないけれども、さすがに古く本筋の稽古できたえた芸だけに」
⑤ 男女のはなやかなさかりをいうことば。また、特に美しい女をいい、さらに遊女をもさす。
※浄瑠璃・仮名手本忠臣蔵(1748)七「花に遊ばば祇園あたりの色揃へ」
⑥ 豪勢な遊び。贅沢な遊興。楽しいこと。特に、色事をいう。情事。
⑦ もっともよいこと。もっとも貴いこと。多く、「…が花」の形で限定して、その範囲のうちだけがよい、という意で用いる。
※浄瑠璃・烏帽子折(1690頃)道行「只何事も見ぬが仏、きかぬが花」
⑧ (「…の花」の形で) ある範囲の中にあって、見ばえのするもの。また、よりぬかれた本質的なもの。精華。精髄。
※滑稽本・役者必読妙々痴談(1833)上「かしこくも江戸の花、江戸名物ともてはやされたる団十郎」
[五] 実に対して、花のあだなさま。本物でないもの。あるいは、花のうつろい、はかなく散るさまにたとえていう。
① (形動) 人の心などに誠実さがなく、あだなこと。うわべだけであること。また、そのさま。
※万葉(8C後)八・一四三八「霞立つ春日の里の梅の花波奈(ハナ)に問はむと吾が思はなくに」
※古今(905‐914)仮名序「今の世の中いろにつき人の心花になりにけるにより、あだなる歌はかなきことのみ出でくれば」
② (形動) 人の心や風俗などの変わりやすいこと。うつろいやすいこと。また、そのさま。
※古今(905‐914)恋五・七九七「色みえで移ろふものは世中の人の心の花にぞありける〈小野小町〉」
③ 文芸論の用語として、実に対していう。和歌、俳諧などで、意味内容を実にたとえるのに対し、詞(ことば)をさすことが多い。すなわち、表現のたくみさ、おもしろさ、表現上のはなやかな美しさなど。
※毎月抄(1219)「古の歌は、みな実を存して花を忘れ、近代のうたは、花をのみ心にかけて、実には目もかけぬから」
④ 外観。うわべ。また、そのはなやかさ、美しさ。また、見かけだけのはなやかさで、実質の伴わないこと。虚飾。浮華。「花多ければ実少なし」
※新体詩抄(1882)グレー氏墳上感懐の詩〈矢田部良吉訳〉「浮世の花の栄をば 心の外に打捨てて」
⑤ 本籤(ほんくじ)のほかに、若干の賞金が出る籤。花籤。
※黄表紙・莫切自根金生木(1785)中「ほんに当る因果なら、はなばかりでおけばいいに、一までとるとはあんまりだ」

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