竹矢郷(読み)ちくやごう

日本歴史地名大系 「竹矢郷」の解説

竹矢郷
ちくやごう

意宇平野に位置した国衙領。現松江市竹矢町付近に比定される。「和名抄」にみえる意宇おう筑陽つきや郷の一部を前身とし、古代には出雲国府に近接し、出雲国分寺が建てられていた。戦国期には竹屋ともみえる。

〔鎌倉期〕

嘉禄二年(一二二六)四月日の出雲国司目代寄進状(青木家文書)によると「竹矢郷」内の一町三段が平浜ひらはま別宮に神田として寄進されており、同別宮惣検校紀義季が支配するように命ぜられている。天福元年(一二三三)一〇月日の出雲平浜八幡田畠坪付(同文書)には、竹矢郷の「芦原」三反、「スヽハライ田」五反がみえ、他の田畠と合せて六町小が惣検校分として義季から忠氏へ譲られている。建長元年(一二四九)六月日の杵築社造営所注進状(千家家文書)の流鏑馬勤仕の五番に竹矢郷がみえる。

一三世紀中頃になると、竹矢郷は杵築大社(出雲大社)の国造出雲義孝の支配下に組込まれる。建長三年八月伊弉諾いざなぎ(現真名井神社)造営のため竹矢郷利正名田内五段など料田計三町が義孝に与えられ、本来国衙が行うべき伊弉諾社造営を義孝が行うようになっている(「出雲国司庁宣」千家家文書)。また出雲国惣社(現六所神社)の灯油料田七反が存在したが、同年八月日の出雲国司庁宣(同文書)によりこれを怠った本領主が改易され、料田は義孝に与えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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