竹本政太夫(3世)(読み)たけもとまさたゆう[さんせい]

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「竹本政太夫(3世)」の意味・わかりやすい解説

竹本政太夫(3世)
たけもとまさたゆう[さんせい]

[生]享保12 (1732). 大坂
[没]文化8 (1811)
義太夫節太夫。通称播磨屋利兵衛。2世竹本政太夫門弟となり,宝暦6(1756)年竹本中太夫の名で竹本座初出座。カワリ(人物や情景瞬時に切り替わる部分,およびその変化を描写する技法)の名人で,中太夫の四季ガワリと称賛された。師の没後,1世竹本土佐太夫と 1世竹本染太夫との間に後継争いが起こったが,協議の末,明和4(1767)年に正式に 3世政太夫を襲名し,塩町の政太夫と呼ばれた。竹本座退転以降,天明6(1786)年の『彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)』の初演などで奮闘したが,江戸で興業する機会が多く,最期も竹本播磨太夫を名のって江戸で客死した。(→浄瑠璃人形浄瑠璃文楽

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