社会開発支援(読み)しゃかいかいはつしえん(英語表記)support for social development

大学事典 「社会開発支援」の解説

社会開発支援
しゃかいかいはつしえん
support for social development

大学は教育・研究・社会サービスを通じて所在国の進歩に寄与することが求められるが,とくに発展途上にある国にとって社会開発に必要な技術・ノウハウの蓄積やマンパワー養成の中心的役割を担うのは大学である。こうした発展を各地域にみると,以下のような事例がある。

[アジアの大学]

フィリピンの大学では,アメリカ合衆国の州立大学を範として1908年に作られた国立フィリピン大学の卒業生が,旧来の大地主層に代わって社会の新たなエリート層を急速に構成するようになった。また,独立から今日までに国中に広がった7校15キャンパスからなる同大学システムのもと,医学のマニラ校,農業のロスバニョス校やミンダナオ校,水産のヴィサヤ校のように地域産業の振興や社会発展の拠点としての機能を果たす期待に応えている。

 タイの大学では,第2次世界大戦終結まで大学は例外なく首都バンコクに集中していたが,1960年代に国のマンパワー需要を満たすため,大学の地方への拡散計画が立てられた。インフラ整備に加えて難題は条件の悪い地方勤務を希望する大学教師が少ないことであったが,待遇や研究条件面での種々の優遇措置が講じられた結果,北部のチェンマイ(1964年),東北部のコンケーン(1965年),南部のソンクラー(1968年)に地名を冠する各大学が生まれ,農業や経済の発展を促し,地域の雇用機会を刺激し,農村青年の大学進学需要を満たすなど地域の発展に寄与するようになった。

 ヴェトナムの大学では,南部メコンデルタ地域の開発が国の発展にとって重要な意味を持つが,同地域で唯一の旗艦大学であるカントー大学(ヴェトナム)が1975年の南北統一後の再編成を経て農学,教育,医学の分野で地域の社会開発の中心となっている。そのために各コースの在籍者が一夏ないし二夏を使って自らの専門分野に関連した農村地域での仕事に従事したり,地域関連のテーマについて卒論を執筆したりすることを奨励するなどの措置がとられた。

 中国の大学では,地域間格差の是正を目指して始まった西部大開発の一環として大学に期待が寄せられている。沿海や東部地区の支援する大学と西部地区の支援を受ける大学が一対一でパートナー校を決めて支援を進める方式を国務院に属する教育部が2001年に導入し,西部地区の発展に必要な研究および教師陣の充実に関して大きな成果を挙げてきた。また大学卒業生で西部地区での開発支援ボランティア活動への従事を希望する者に対しては,特別の奨励策がとられる。受入れ側の市・県当局は当該卒業生に生活費を補助し,中国ではきわめて厳格な管理下にある戸籍の移動に関しても本人の希望に基づいて優遇し,とくに農村に赴く者は共産党支部での勤務などに優先配置し,奉仕期間終了後の大学院進学や党機関への就職・公務員希望者にも試験での加点を行うなど特別な優遇措置がとられている。
著者: 大塚豊

中南米

ラテンアメリカの大学は,伝統的に階級社会制度を背景に国の統治エリートを養成,再生産することを最大の目的としており,その教育内容も医師,法曹家,建築士,技師等の伝統的専門職養成を中心とするものであり,国の社会経済的発展に貢献するという機能は大きなものではなかった。大学が国民の保健衛生,教育,雇用,住宅,人口・家庭,社会保障,環境問題等の解決に直接的に貢献するという発想はほとんど見られなかった。しかし,近年は大学の量的拡張,大学の社会的責任論,大学教育の社会的適合性(レリバンス)の追求の脈絡の中で,社会開発支援を大学の基本的役割の一つと位置づけ,活動を強化すべきという議論が,ラテンアメリカ地域においても高まりを見せている。

 2008年に南米コロンビアで開催された地域の高等教育会議では次のような項目を含む宣言が採択されている。「高等教育は,内在的な発展とわれわれの国の統合に内包される多様な挑戦に倫理的,社会的,環境的責任を持ちながら取り組み,また社会に積極的,批判的,そして建設的に参加することができる人間,市民,そして専門家の統合的育成を目指さねばならない。高等教育は,次のようなものを含めて人権の尊重と擁護を促進する必要がある。①あらゆる形の差別,抑圧,支配に対する闘い,②平等と社会正義,男女平等のための闘い,③われわれの文化的および自然的遺産の保護と拡充,④安全保障と食料の自給および飢餓と貧困の根絶,⑤アイデンティティを相互に尊重しあう文化間での対話,⑥ラテンアメリカ・カリブ海地域の団結,世界の人々との協同を含めて平和の文化の促進。これらは高等教育の重要な責務の一部をなしており,すべての教育プログラム,研究の優先順位,拡張事業,機関相互間の協力においても体現されねばならない」。またこの会議では,ラテンアメリカにおいても,国連ミレニアム目標の達成に向けての活動が基本的優先課題とされねばならないことがあらためて宣言されている(Declaration of the Regional Conference on Higher Education in Latin America and the Caribbean-CRES, 2008)

 メキシコの大学では,学生無償制の高等教育を受けた見返りとして,卒業前に各自の専門分野を生かした各種の「社会奉仕活動」活動をすることが義務づけられてきた。これはボランティアではなく,学位を取得する前に要求される必修活動とされてきた。学生はこの制度のもとで,農村部での保健衛生活動や識字教育支援,無償の法律相談などに従事してきた。こうした奉仕活動の関連情報を集約し,調整・斡旋を行う学内組織も設けられた。少数エリート大学時代の学生の,社会に対する一種のノブレス・オブリージの伝統と言えるかもしれない。社会開発支援活動はラテンアメリカの大学にとって新しい課題ではあるが,取組みに抵抗がある課題ではない。現在のラテンアメリカ社会には,社会開発にかかわるNGOも続々誕生しており,このような組織との連携も大学に求められる新たな課題とされている。
著者: 斉藤泰雄

アフリカの大学]

アフリカの社会は貧困削減,教育や保健医療など必須の公共サービスの改善,農業振興,雇用,紛争など,さまざまな開発課題を抱えている。それら課題の克服に寄与することはアフリカの大学にとって重要な役割と認識されている。大学の社会開発支援は,大学が本来持つ機能としての教育や研究を通じた課題解決に加えて,より直接的に社会開発に関与する活動として行われている。たとえばタンザニアの大学ダルエスサラーム大学(タンザニア)は大学のミッションとして,「タンザニアおよび他のアフリカの公平で持続的な社会経済開発を達成するために学術的・戦略的研究,教育,訓練および公共に対するサービス(public services)を追求すること」と表明している。ただし大学の社会との具体的な関わり方についてはその概念が必ずしも確立されておらず,community service(地域社会への奉仕),social responsibility(社会的責務),social engagement(社会への関与)といった用語で語られる場合が多い。

 アフリカの大学は,社会開発への支援を産業界,地方政府,NGO,援助機関との協力といった形態で,あるいは単独で行っている。活動分野は国の特性,地域性,そして大学の特徴によっても異なるが,中には南アフリカ共和国におけるHIV/エイズへの対応のように,政府の方針に沿って大多数の大学が取り組んでいる例もある。支援活動の具体的な場については国レベル,地方レベルなど事例によって異なる。

 南アフリカ共和国の大学は,1997年の高等教育白書(南アフリカ共和国)において,大学が社会的責任を発現し,その専門性を地域社会への奉仕活動に向けること,また役割について学生にもこうした意識を持たせることを求めている。この考え方は,同年,高等教育法に盛り込まれた。さらに同法に基づいて設立された高等教育質委員会(南アフリカ共和国)は,「地域社会への関与が教え・学びと統合され,制度化されており,適切な予算と監視が行われていること」を,大学組織評価の1項目として位置づけている。以来,同国の公立大学では,学生による課外ボランティア活動や,正規カリキュラムの一環としての体験学習,インターンシップ,実習活動などに積極的に取り組んでいる。大学の社会貢献を促進するための機関として1999年に設立されたコミュニティ高等教育サービス・パートナーシップ(南アフリカ共和国)(CHESP)は,これまでに40分野250以上の正式な学科コースの立上げを支援し,大学,高等教育機関で実施されている。これはアメリカで広く行われているサービス・ラーニング(奉仕学習)の考えを取り入れたものと言える。

 一方,西アフリカのガーナの大学では国立の開発学大学(ガーナ)が1992年に設立され,地域社会と大学が共同して土着の知識と科学の知識を結合することによって北部ガーナの地域貧困削減と社会開発に取り組んでいる。ここではすべての学生が地域社会と関わる活動に参加している。またアフリカ地域共通の課題として,英国国際開発省(DFID)とアフリカ大学連合(AAU)の支援を受けて,レソト,ナイジェリア,ボツワナ,マラウイの大学が協力して大学の社会貢献のあり方を実践的に研究した例(2010~11年)もある。
著者: 吉田和浩

[アジア]◎P.G. アルトバック,V. セルバラトナム著,馬越徹,大塚豊監訳『アジアの大学―従属から自立へ』玉川大学出版部,1993.

参考文献: 馬越徹編『アジア・オセアニアの高等教育』玉川大学出版部,2004.

[中南米]◎Ana Lúcia Gazzola & Axel Didriksson(eds.), Trends in Higher Education in Latin America and the Caribbean, IESALC-UNESCO, 2008.

参考文献: 斉藤泰雄「ラテンアメリカの高等教育―その変貌と改革課題」『大学論集』広島大学高等教育開発研究センター,第42集,2011.

[アフリカ]◎Council on Higher Education(South Africa), Community Engagement in South African Higher Education, Jacana Media: Auckland Park, 2010.

参考文献: Kaburise, J.B., Community Engagement at the University for Development Studies(Ghana), Paper presented at the CHE-HEQC/JET-CHESP Conference on Community Engagement in Higher Education 3 to 5 September 2006, Cape Town, South Africa, 2006.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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