疫学的証明(読み)えきがくてきしょうめい

改訂新版 世界大百科事典 「疫学的証明」の意味・わかりやすい解説

疫学的証明 (えきがくてきしょうめい)

裁判において人の疾病の原因を証明しようとするとき,その原因が病気を引き起こすに至る過程のすべてを詳細に立証することができれば,最も直截な証明となる。しかし,たとえそのような直接的な証明が十分でなくても,多くの患者の発病状況や生活環境を調べることによって,その疾病の原因が間接的に推認できる場合がある。このような証明方法は,疾病を集団現象として観察することによってその原因や感染経路を明らかにしようとする疫学の方法を,裁判上の証明に応用したものであるから,疫学的証明と呼ばれる。その一例として,1972年に判決のあった四日市ぜんそく事件では,ある地区の大気中の硫黄酸化物濃度と,患者の発生率や患者の発作の回数との間に明瞭な相関関係があることなどを根拠として,硫黄酸化物による大気汚染住民のぜんそくの原因であると認定された。この例にも示されているように,疫学的証明の考え方は,1970年代の日本の民事裁判において,公害事件の立証上の困難を解決するための方法として,意識的に利用され始めたものである。その後,刑事裁判においても,この方法による立証を認める裁判例が現れているが,これに対しては,〈疑わしきは被告人利益に〉という原則の支配する刑事裁判においては,疫学的証明の利用についてもとくに慎重でなければならないとする意見もある。
疫学 →証明
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