法人処罰(読み)ほうじんしょばつ

改訂新版 世界大百科事典 「法人処罰」の意味・わかりやすい解説

法人処罰 (ほうじんしょばつ)

産業公害,企業災害,汚職など法人の企業活動から生じた違法行為は,世論にその適切な防止と企業の刑事責任の追及の必要性を意識させてきた。法人処罰とは,法人に刑罰を科すことでその責任を明らかにすることをいうが,刑罰以外の類似制裁を科すことも含めて用いられることもある。日本で法人処罰を最初に規定したのは,1900年に制定された〈法人ニ於テ租税ニ関シ事犯アリタル場合ニ関スル法律〉で,法人代罰規定であった。その後一時代表者代罰規定も置かれたが,32年制定の資本逃避防止法以後は現実の行為者と業務主体の両法を罰する両罰規定が一般化し今日に至っている。

 法人処罰は,しばらく行政上の義務に対する単純な不服従という形式的な罪に限定して理解する傾きもあったが,今日では売春防止法のように倫理と密接な関係のある罪や,〈人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律〉(1970公布)のように公衆の生命に危険を生じさせるという実質的で基本的な罪にまで広げられている。

 刑法典は法人処罰を定めていないが,1984年現在,刑罰規定をもつ法令は700を超えており,その半数以上が両罰規定を置いている。そして1年に6000~7000近くの法人が処罰されている。これは道路交通法を除く特別法犯の約3%にあたるが,犯罪の一般的減少傾向とは逆に増加傾向にある。

 各国においては,イギリスやアメリカなど英米法系諸国が19世紀から広範に法人処罰を認めてきている。フランスでも特定の分野で行われてきたが広範な処罰への準備が進んでおり,オランダも法人処罰に踏み切った。これに対しドイツでは,刑罰ではなく課懲金Geldbusseを課して臨んでいるが,その性格には議論がある。逆にアメリカでも法人処罰以外の方策も模索されている。

 法人処罰が適当かどうかについては,個人とは別の法人という存在に刑罰を科しうるのかという点,違法活動の防止にとってそれが有効かという点,どの行為を処罰の対象とするかという点が主として問題とされる。第1の点では,法人は社会的実体を備えた存在で代表者の意思と行為を法人の意思と行為とする法人実在説により処罰を肯定する考えが強いが,法的効果を帰属させる法技術であるとする法人擬制説を背景に刑罰の倫理的非難としての性格を強調して,この非難は個人固有のもので法人に帰属を擬制できないとの反対や,代表者を離れて法人の行為をとらえる試みも行われている。第2の点では,社会の企業に対する評価の低下,企業内意識の沈滞などの効果が予想されている。現行法では違反行為により得られる利益に比べて金銭的損失が小さいが,違反日数ごとの罰金,資本金または経常利益を基準とした日数罰金制(〈罰金〉の項参照)などの高額化や,不法利益の簡便な剝奪,さらには解散,営業停止,免許の取消しなども検討され行政処分との比較も行われている。法人にかわる代表者の処罰では自由刑を科しにくく,罰金刑では効果が薄いことが指摘されている。第3の点では,現行の両罰規定は法人処罰に違反行為者の特定を必要としているため,担当の従業者が次々と交代して被害がどの従業者の行為と因果関係に立つか不明な場合や,複数の担当者が一部分ずつ担当しているような場合には処罰しえないことが指摘され,法人処罰の要件の定め方が再検討されている。このことは,業務上過失致死傷罪,横領罪,背任罪,名誉毀損罪,わいせつ文書販売罪,贈賄罪などの刑法上の犯罪で法人企業活動として犯されうるものに法人処罰を広げる場合,どこまでを法人の行為として処罰する必要がありまた妥当か,そしてその法人処罰の性格は両罰規定の事業主の責任とはどのように異なるのかという問題とも関連している。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報