日食(読み)にっしょく(英語表記)solar eclipse

日本大百科全書(ニッポニカ) 「日食」の意味・わかりやすい解説

日食
にっしょく
solar eclipse

日食の原理

日食は、太陽が月によって隠される現象である。日蝕とも書く。太陽全部が隠される皆既食皆既日食)、一部分が隠される部分食部分日食)、太陽が黒い月の縁に沿ってリング状にはみ出す金環食金環日食)がある。日食のときは、太陽―月―地球がほぼ一直線に並び、太陽による月の影が、地上に投影される。本影(太陽面からの光がまったく届かない影)が地上に達するとき、本影内では皆既食、半影(太陽面からの一部の光が届いている影)の地域では部分食、本影が地球に達しないときには金環食となる。

 地球は太陽の周りを1年で1周しているが、その軌道面を黄道面という。一方、月は地球の周りを29.53日(朔望月(さくぼうげつ))で1周していて、その軌道面を白道面という。いま、地球を中心にして大きな天球を考えると、地球から見る太陽は黄道を動き、月は白道を動く。太陽は1年かけて黄道を1周し、月は29.53日かけて白道を1周する。

 天球上で黄道と白道とは約5度8分傾いているが、その交点近くに太陽と月が来合わせたときに日食がおこる。太陽も月も、見かけの大きさ(視直径)は約0.5度であるので、交点から少し離れた位置にあっても太陽と月が重なり、日食となりうる。このいわば日食限界を通過するのに、太陽はほぼ31日かかる。月は29.53日で白道を1周するので、交点から遠い端で日食がおきると、ゆっくり動く太陽にふたたび追いついて日食がおきる。したがって、この日食限界では、1回または2回日食がおこることがあり、2回のときには、どちらも部分日食となる。皆既食や金環食は、太陽も月も交点近くに来合わしたときのみである。

 地球は太陽から一定の距離にはなく、1月上旬にもっとも近づき(近日点)、7月上旬に(遠日点)もっとも遠ざかる。それにしたがって、太陽の見かけの大きさ(視直径)は、角度の31度28分から32度32分と変わる。月と地球との距離も一定ではなく、月の視直径は角度の29度23分から33度32分と変動する。したがって、月の視直径が太陽よりも大きいときや小さいときがある。大きければ、本影内では皆既食となり、半影の地域では部分食となるが、逆に小さいと、金環食や部分食となる。現在月は地球の潮汐作用の影響(角運動量保存)により、地球から1年に3.8センチメートルずつ遠ざかっている。遠い将来は月が小さくなり、皆既食が見られなくなる。

[日江井榮二郎]

予報

昔の人々は、夜空の星々や太陽・月、惑星などの運行を眺めて、その周期性から、天体の運行をつかさどる法則を求める努力し、暦がつくられた。暦法は、社会の活動を整え、農業・牧畜には欠かせないものである。中国の夏王朝のとき日食がおきたが、その予報をしなかった天文官が皇帝の怒りをかい、死罪になったと伝えられている。日食がおきる周期性を知り、その予報を行おうとする努力により、各時代における暦法が改良されていった。

 紀元前500年ごろに、今日、サロス周期として知られている日食の周期性が発見された。これは、18年11日の日食の循環周期であるが、このような周期性を見つけるのには、数百年以上にわたる詳しい日食の記録が役だった。中国でも漢の時代には、135か月という食の周期を知るようになり、これにより日食を予報していた。

 月は太陽の引力だけではなく、地球や他の惑星の引力の影響も受けるので、その運動理論は複雑である。しかし現在では、コンピュータにより日食時の接触時刻は0.1秒の精度で求められている。月縁には凹凸があるので、それの平均的な球面として計算しているが、実際には、月縁に見える深い谷では予想値から、1~2秒、遅れることがある。ダイヤモンド・リングはこのような谷で見られることになる。

 現在の暦に採用されている月と地球の運動理論をもとにして紀元前2000年から紀元3000年の期間を考えると、その間に1万1898回の日食がおこり、その頻度は部分食35.3%、金環食33.2%、皆既食26.7%、金環―皆既食(同じ日食でも場所により金環食であり、別の地域では皆既食となる)4.8%であり、皆既食は平均1.6年に一度おこることになる。最長の皆既食の継続時間は、2186年7月16日の7分29秒となる。

[日江井榮二郎]

日食の観察と撮影方法

日食の観察には、濃いサングラス、双眼鏡、時計、カメラ、録音装置を用意する。必ず、サングラスやフィルターなどを使い、皆既中以外は、裸眼で見ないようにする。

 第一接触(太陽の西側の縁と月とが最初に接する)後、徐々に太陽が月に隠されていく。木漏れ日を見ると、太陽の一部が欠けた部分食の像が見られる。第二接触(太陽の東側の縁と月とが接する)近くになると肌寒くなり、物の影がなくなってくる。

 皆既(太陽が完全に隠される)になる10秒ほど直前にはシャドウ・バンドという淡い濃淡のある波が地上を走る。これは気象条件により見えたり、見えなかったりする。このときには、サングラスやフィルターを外してよい。鎌形(かまがた)に細くなった太陽の縁には、月の谷間から漏れる太陽光が、数珠(じゅず)のように連なって見える。これを「ベイリーの数珠」とよぶ。数珠と数珠との間には、紅色の彩層が見えだし、また、内部コロナが見えてくる。

 明るい星も見えだす。空の暗さ、天頂から地平線までの色合いの変化、地平線全体の夕暮れのような異様な風景が特徴的である。そして完全に太陽が月に隠されたときのコロナは裸眼でも観察できる。双眼鏡を使えば、紅色の彩層、プロミネンスの形状、コロナ全体の姿やその筋構造を見ることができる。皆既が終わって、直後に月の本影が、マッハ数約3~4で東の方向に飛んで行く。そしてだんだんと明るくなり、地上に光が満ちてくる。

 日食時のコロナ像を記録に残そうとするときには、(1)コロナを含めた全体の風景のようす、(2)部分食から皆既までの太陽像、(3)コロナ全体、(4)コロナの一部、を画像にするなどの方法がある。いずれの場合も露出時間をあらかじめ決めておき、撮影のプログラムをつくっておく。コロナの明るさ(輝度)は、ほぼ満月の明るさに等しいので、満月を撮影して露出時間を設定しておく。微細なコロナを撮ろうとするときには、大写しにしなければならないので、撮影レンズの焦点距離と視野の大きさは、あらかじめ決めておく。満月の撮影で決めた露出時間の値よりも、16分の1や4分の1倍だけ少なめに撮影し、さらに4倍や16倍の露出オーバーでも撮影し、あとでコンピュ―タ処理してコロナ画像を得る方法がよい。ベイリーの数珠を撮影するときには、濃度の濃いフィルター(減光フィルター4~5。太陽面の明るさが満月の明るさ程度になる濃度のフィルター)をレンズの前につけて撮影する必要がある。このときの露出時間は、やはり、同じ濃いフィルターをつけてあらかじめ太陽面の撮影をしておき、その適正露出の約2倍の露出時間で撮影をする。ただし、コロナ撮影のときには、濃いフィルターをはずすのを忘れないようにする。また、部分食のときに、濃いフィルターをつけないで太陽に向けるとCCDを焼いてしまうので注意すること。カメラを使って撮影するときには、三脚はできるだけ頑丈なものを使うことがたいせつである。

[日江井榮二郎]

日食の科学

化学元素のヘリウムは、1868年に、皆既食で初めて観測された元素であるため、ギリシア語のhelios(太陽)ということばから名づけられた。地上にもヘリウムが存在することがわかったのは、それよりも27年後だった。また、アインシュタインの相対論によると、太陽のような強い重力場では空間が歪(ゆが)み、太陽の縁近くをよぎる星は、1.75秒角だけ本来の位置から遠ざかって見えることになる。1918年5月9日の皆既食でイギリスのエディントンらがそれを検証した。現在も皆既食のたびに、彩層やコロナの物理的な状態や、コロナ加熱の未解決の問題をあきらかにするために観測が続けられている。

[日江井榮二郎]

古来の記録

日食現象は天変の一大事件であり、いずれの国でも記録されてきた。中国では、日食は、国の政治に対する天のいましめとして重要視されていた。『書経』に記述されている日食は、いまから約4000年前と推定されている。

 またバビロンには紀元前1375年、ウガリット(地中海東岸、現在のシリア)における日食の記録がある。

 紀元前585年5月28日、皆既食が小アジア(現在のトルコ)でおこった。このとき、リディアとメディス両王国が戦争をしていたが、突如として日中に暗くなったため、これは神の怒りと信じられて和議が成立したと記録にある。日本では、『日本書紀』に推古天皇36年3月2日(628年4月10日)の日食のことが記述されていて、同じ日食が唐の太宗の貞観2年3月戌申朔にも記録されている。

 太陽、地球、月の運動理論から、過去にさかのぼって、いつ、どこで日食がおこったかがわかるはずであるが、古文書に残された日食の記録と照合しても一致しない。しかし、地球の自転速度が昔は今よりも速かったと考えれば、よく合致することがわかってきた。地球の自転速度は、紀元前700年では1年は現在よりも2万秒も速く、紀元1年では1万秒、紀元1000年では2000秒速かったと考えられ、しかも自転速度の遅れは一様ではなく、数百年でうねりがあるらしいことがわかった。

[日江井榮二郎]


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百科事典マイペディア 「日食」の意味・わかりやすい解説

日食【にっしょく】

地球から見て太陽が月の背後にかくされる現象。地球,月,太陽の相対位置により皆既食金環食部分食の三つがある。地球から見て月が太陽の西から東へ追い越すので,太陽の西縁から欠け始め(第一接触),皆既食ではやがて完全にかくされ(第二接触),太陽中心と月中心の角距離が最も小さくなり,以後月の西縁から太陽面が現れ始め(第三接触),ついに月が太陽面から完全に離れる(第四接触)。日食は朔(さく)のとき起こるが,月と地球の軌道面が平均約6°傾いているため合致する機会が少なく,年2回まれに3回しか起こらない。月食と違って観測できる場所がきわめて限られ,また時間とともに地表を西から東へ移動する。皆既日食の観測は一般相対性理論の験証,太陽の彩層・コロナ,太陽電波,電離層等の研究に重要。
→関連項目

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「日食」の意味・わかりやすい解説

日食
にっしょく
solar eclipse

地球からみて月が太陽光球を隠す現象。における月の位置が黄道に近いとき,その影が地球表面に落ちるために起る。本影の下の地域では皆既食半影のところでは部分食が見られる。場合により月が比較的地球から遠く,太陽が比較的近いときには,本影の円錐が地球表面まで届かず,皆既食の代り金環食が見られる。日食は古来,天文現象中の白眉として,観測や予報の試みがなされ,天文学の発達に大きく貢献した。

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知恵蔵 「日食」の解説

日食

月が太陽の前面を横切り、太陽を隠す現象が日食。月が太陽全体を隠す場合を皆既食、一部を隠す場合を部分食、また、太陽を完全に隠すことができず、太陽の縁がリング状に残る場合を金環食という。金環食と皆既食の差は、主に月の見かけの大きさ(地球と月の間の距離)の違いによる。月が地球の影の中を通り、月が欠けて見える現象が月食。皆既食、部分食は月食にも起こる。日食は新月、月食は満月の時に起こる。

(土佐誠 東北大学教授 / 2007年)

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精選版 日本国語大辞典 「日食」の意味・読み・例文・類語

にち‐じき【日食】

〘名〙 一日の食物。一日の食糧。
※康頼宝物集(1179頃)下「彼の母と汝とに日食を当つべし。又栄好を葬る事我沙汰すべし」
※古今著聞集(1254)二「日食すこしきにして、うゑ忍びがたきは」

にっ‐き【日食】

〘名〙 その日の食べ物
※百座法談(1110)六月二六日「日食(ニッキ)給はらむ」

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デジタル大辞泉 「日食」の意味・読み・例文・類語

にっ‐しょく【日食/日×蝕】

地球から見て、太陽が月に隠される現象。月が太陽面を全部隠すのを皆既食、一部を隠すのを部分食、太陽の縁が月の回りにはみ出すのを金環食という。→皆既日食
[補説]書名別項。→日蝕
[類語]月食皆既食皆既日食皆既月食部分食金環食

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世界大百科事典 第2版 「日食」の意味・わかりやすい解説

にっしょく【日食 solar eclipse】

太陽が月によって隠される現象。このときは,太陽,月,地球が一直線上に並び,太陽による月の影が地上にできる。影には,光が直接到達しない本影と,一部の光が到達する半影とがある(図1)。本影内では,太陽が全部月に隠されて皆既日食となり,半影内では,太陽の一部が月に隠されて部分日食となる。また,太陽,月,地球が一直線に並んでも,月の見かけの大きさが太陽に比べて小さいと,月が太陽を隠しきれず,月のまわりから太陽本体(光球)がはみだす。

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普及版 字通 「日食」の読み・字形・画数・意味

【日食】につしよく

字通「日」の項目を見る

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世界大百科事典内の日食の言及

【太陽】より

…事実対流層の底は今まで考えられていたよりずっと深く,半径の7/10まで達していなければならないし,またそれより中の太陽の部分は表面よりも速く自転しているのではないかというような考えも出始めている。
[彩層]
 皆既日食のとき,太陽が月に隠されていき,ダイヤモンドリングが消えた途端に,接触点に近い月の周囲に沿って紅に輝く薄い層が見える。これが彩層である。…

【中国天文学】より

…次の周代にはいると,中国の社会が大変動した春秋戦国時代(前8~前3世紀)になって,天文学も発達した。占星術が起こり,日食や惑星の運動に注目するようになった。惑星の中,とくに木星(〈歳星〉という)の位置によって国家の安危を占うことが行われ,そのために〈二十八宿〉や〈十二次〉によって天空を分割することが行われた。…

【月】より

…アメリカの月探査も,これ以後は73年1月電波天文衛星エクスプローラー49号機を月の周回軌道にのせたのみである。アポロ計画【上杉 邦憲】
【地球と月との関係】

[日食,月食]
 月は地球に近い天体であるので,潮汐などを通して地球に大きな影響をあたえたが,月のために日食が見られ,月食という現象も人々に深い印象をあたえた。 地球と太陽との距離は地球と月との距離のほぼ400倍である一方,太陽の半径は月の半径のほぼ400倍である。…

【天文学】より

…時間の測定には主として水を利用した〈漏刻〉が使用されたが,それがいつの時代に始まるかはわかっていない。古い時代には日食や月食がよく注意されたが,これらは当時の支配者にとって凶兆と考えられたからである。前7世紀のころからは日食の日付を書いた記録があり,またすい星や流星にも注意するようになった。…

※「日食」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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