教育費の負担(読み)きょういくひのふたん

大学事典 「教育費の負担」の解説

教育費の負担
きょういくひのふたん

教育費負担は主として次のように区分される。まず第1に公的負担(教育費)か私的負担(教育費)か,第2に私的負担は民間負担(教育費)か家計負担(教育費)か,第3に家計負担は親負担(教育費)か子負担(教育費)(学生本人)負担か,という区分である。民間負担には企業や慈善的負担(寄付,財団など)もあるが,日本ではその割合は大きくないため,教育費の負担は公的負担と,親負担,子負担の三つになる。教育費のうち家計負担分が学費である。つまり,教育費には公的負担があるため,学費は教育費の一部である。

 多くの国では,実際にはすべて一つの負担というより先に挙げた三つの負担を組み合わせている。つまり,いかに負担を分担するか,それぞれの負担の割合が問題となる。日本は学費の家計負担が著しく重いことが大きな特徴である。OECD統計でも日本は常に韓国と並んで家計負担の最も重い国の一つであったが,近年イギリスやアメリカ合衆国でも授業料の値上げが相次ぎ,家計負担の重い国になっている。

 日本の家計負担が重い理由は,私立大学生が全学生数の7割以上を占めていることと,私学助成経常費の約1割と少ないため,家計の授業料負担が重いためである。国公立大学についても,私立大学とのイコール・フッティングという主張が,財政当局や私立大学関係者から強く打ち出された結果,1972年度の3倍値上げ以来急速に値上げを続けており,私立大学との初年度納付金の差は平1.6倍にまで縮まった(2014年現在)他方,アメリカのように授業料が高額な場合でも,十分な給付奨学金があれば,家計負担は相当軽減される。日本では,学士課程学生に対する公的給付奨学金が2017年度にようやく創設された。また大学独自給付奨学金や民間の給付奨学金もアメリカのようには普及していない。これらの結果,家計の教育費負担はますます重いものになっている。

 教育費の公的負担,親負担,学生本人負担(子負担)の三つの費用分担の背景には,三つの教育観がある。第1に公的負担を支える教育観は,社会が教育を支えるというもので,これは教育に関する教育の福祉国家主義といえよう。北欧諸国やフランスなどに広く見られる考え方である。多くのヨーロッパ諸国では,この教育観により高等教育無償である。スウェーデンでは国公立大学だけでなく私立大学も完全に無償である。第2に親負担の背景にある教育観は,親が子どもの教育に責任をもち費用を負担するのは当然であるべきという教育の家族主義である。日本,韓国,中国,台湾などで強い教育観であるが,南欧諸国もこれにやや近い。第3に学生本人負担(子負担)の背景にある教育観は,教育の個人主義という考え方である。つまり,三つの教育負担の考え方は,異なる教育観によって支えられている。

 各国と比較すると,日本では教育の家族主義が強く,教育費の家計負担が当然視されているため,教育費の負担問題がわかりにくいが,他国の例をみれば日本の家族主義とまったく異なる考え方があることがわかる。子の教育は親の責任であるという教育観は,「教育は社会が支える」という教育観とは正反対の立場と言っていい。こうした教育費負担の家族主義から,教育費の負担論は日本ではあまり大きな問題として考えられてこなかった節がある。このため,政策課題として俎上に載せることが少なかったと考えられる。

 日本の公財政支出の中で,教育費支出の割合が低いことの背景には,親が子どもの教育に責任を持つという教育観により,教育費の親負担が当然視されていることがある。こうした考え方がいかに強いかは,各種の調査結果にも示されている。学費に関する調査には,保護者を対象にした調査(日本政策金融公庫「教育費負担の実態調査」や東京私大教連「私立大学新入生の教育費負担調査」など)と,大学生を対象とした調査(日本学生支援機構「学生生活調査」や全国大学生活協同組合連合会「学生生活実態調査」など)があるが,いずれも家計の学費負担割合がきわめて高いことと負担感が強いことを示している。

 しかし近年,貸与奨学金の増加により,学費の負担が親負担から子負担に急速に移行している。つまり,家計からの仕送り・小遣い等が減少し,その分奨学金が増加している。これらの奨学金の大部分は貸与であり,原則として卒業後に学生本人が返済していくことになる。もっとも,これらの奨学金は子(学生本人)が返済することになっているが,親が返済している場合も少なくないとみられる。その実態は正確にはわからないが,日本学生支援機構の奨学金の「延滞者・無延滞者調査」(2015年度)によると,延滞者の場合には本人が返還している割合が71.2%,無延滞者の場合には85.9%である。必ずしも子負担に移行しているとは言い切れない点に留意する必要があるが,メガトレンドとしては,親負担から子負担への移行が進展していると言えよう。教育費の負担構造の変化は徐々に進行しており,教育機会に影響を与えることが懸念されている。
著者: 小林雅之

参考文献: 広田照幸ほか編『シリーズ大学3 大学とコスト』岩波書店,2013.

参考文献: 小林雅之「家計負担と奨学金・授業料」,日本高等教育学会編『高等教育研究』第15集,2012.

参考文献: 小林雅之編著『教育機会等への挑戦―授業料・奨学金の8カ国比較』東信堂,2012.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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