官渡の戦(読み)かんとのたたかい

精選版 日本国語大辞典 「官渡の戦」の意味・読み・例文・類語

かんと‐の‐たたかい クヮントのたたかひ【官渡の戦】

中国、後漢末、天下を決した戦い。山東方面に勢力を張り、献帝を擁した曹操(そうそう)と、華北一帯を支配していた袁紹(えんしょう)が、官渡(河南省中牟県北東)で十数か月の攻防ののち、曹操が勝利を得た。

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改訂新版 世界大百科事典 「官渡の戦」の意味・わかりやすい解説

官渡の戦 (かんとのたたかい)

中国,後漢末,曹操袁紹との決戦。199年(建安4)袁紹は公孫瓚を破って河北・山西方面を統一,献帝を擁立して山東・河南方面に割拠していた曹操も袁術病死で勢力を拡大,両者黄河を挟んで華北を二分する形勢となった。200年袁紹は大軍を率いて渡河,曹操と転戦のすえ官渡Guān dù(河南省中牟県)で数ヵ月にわたって対峙,劣勢だった曹操が勝利した。この決戦で曹操の華北制覇は決定的となり,袁紹は憤死した。
赤壁の戦
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世界大百科事典(旧版)内の官渡の戦の言及

【三国時代】より

…一時帝号を称した袁術も曹操に敗北して歴史の舞台から去った。勝ち残った袁紹と曹操の決戦は,200年(建安5)の官渡の戦で後者の勝利に帰した。 曹操は献帝を擁して鄴(ぎよう)に移り,華北東部を制覇した。…

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