大学の民主化(読み)だいがくのみんしゅか

大学事典 「大学の民主化」の解説

大学の民主化
だいがくのみんしゅか

逆説民主化

大学の民主化という用語はある意味,転倒している。なぜなら,組織としての大学が最も民主的であったのは,そのでき始めの時であるとしても過言ではないからである。12世紀にヨーロッパで誕生した,有識者である教員のもとに学生が集い自主的に運営されていた組合としての大学(universitas)が,その勢力を拡大するにつれ,学位を付与する権限や大学としての空間の確保を見返りに,領主あるいは国家介入を招いてきたのが大学の歴史であるとするならば,大学は民主化してきたというよりも権力統制下に置かれるようになってきたといえるのかもしれない。学生が修得するリベラルアーツは,まさに自由人たるべき教養を身につけるためのものであった。既存権威に対抗しうる教員と学生との自由な集まりが,集まりとしての組織化を進めるにつれて既存の権威に取り込まれながら自らを権威化してきたのである。こうした権威と化した大学を本来の姿に戻そうとすることこそが「大学の民主化」といえるだろう。

[大学構成員の民主化]

今日の権威化した大学において,教員と学生の関係も組合的なフラットなものではなくなってゆく。教員という専門職は大学によって養成され,権威付けられ,学生はその権威に服するようになってきた。21世紀に入ったころ,日本社会においては大学内におけるパワー・ハラスメントに対してアカデミック・ハラスメント(academic harassment)という和製英語を造語し,教員への注意を喚起するとともに学生にも周知し,教職員間のまた教職員から学生に対するハラスメント行為を防止するように努めている。こうした一連の動きは大学の民主化といってもよいであろう。また,大学の教員として採用されるプロセスや教職員の職位の昇進に際しての手続きや要件についても透明性を高める必要性がある。ハラスメントとして認識されることは難しいにせよ,情実人事をなくし,すべての教職員に,また採用候補者に公正な採用要件,昇進要件を明確に設定することも,今日の大学の民主化の重要なポイントになるであろう。

[学問領域の民主化]

組織としては原初形態が最も自由で民主的であったとしても,そのコンテンツには今日のような広がりはなかった。近代以降の社会科学,自然科学の発展と密接に関連付けられるにせよ,神学・法学・医学を軸に専門的な学問を展開していたヨーロッパの大学は,その研究範囲を新しい学問分野へと広げつつ今日に至っている。学問分野が多彩に発展するのにつれ,大学もまた新しい学問領域を教科として取り入れてきた。しかしながら,とりわけ大学が供給過剰になりつつある日本社会においては,この多様性は学生の為を装う仮面をつけた大学の経営戦略であることが少なくない。学問の体系が必ずしも一般化されていない「新しい領域」の学部や学科が雨後の筍のように新増設される状況は,かえって大学という界を危うくしているといえるかもしれない。

 こうした危うい状況は1991年の大学設置基準の大綱化に伴い,多くの大学でリベラルアーツを解体した時から始まっていた。自由人たるべき教養についての,大学人による反省的な分析と考察を待たずに推し進められた「改革」は,専門課程の充実を図るとして当該領域での教養なき専門人の養成へと傾斜していった。大学の高度専門職養成の流れは国立大学の文系学部を飲みこむ職業訓練校への急流であり,民主化の逆流となって渦を巻いている。大学がリベラルアーツを捨てたとき,大学から文字通り自由が失われたのである。

[NPOとしての大学]

こうした失われた自由を取り戻すために,大学らしい大学を取り戻すためにNPO法人として大学を運営する市民運動が試みられている。たとえば,京都自由大学は地域社会とのつながりを重視しつつ,学生とともに歩む新しくて最も古い大学の運営を目指すものである。大学という組織体が国家による統制を免れない以上,大学を最も原初的な形態に戻そうという試みとして興味深い。大学の民主化は,文字通り民主的になりゆく過程であり,大学人が民主的な大学運営の必要性を自覚し,日常的に実践するその営みにこそ宿るものであろう。
著者: 紀葉子

参考文献: クリストフ・シャルル,ジャック・ヴェルジェ著,岡山茂,谷口清彦訳『大学の歴史』白水社,2009.

参考文献: 岡山茂『ハムレットの大学』新評論,2014.

参考文献: 重本直利『大学経営学序説―市民的公共性と大学経営』晃洋書房,2009.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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