多久聖(読み)たくせいびよう

日本歴史地名大系 「多久聖」の解説

多久聖
たくせいびよう

[現在地名]多久市多久町 東の原

東の原ひがしのはるの東南隅、椎原しいばる山西麓にある孔子の廟。宝永五年(一七〇八)四代領主多久茂文の建立。孔子像と顔子・曾子・子思子・孟子の像が安置されている。

丹邱邑誌」によれば元禄五年(一六九二)聖堂御建立ニ付、心遣孫三郎殿被仰付候」とあり、茂文は初め多久孫三郎に建設に伴う心遣を申し付けている。同書にはまた、「地ヲ椎原山西麓ニ定メ玉ヒ、先学校ヲ西ノ渓流ノ東ニ建玉フ。元禄十二年学校先落成ス。聖像ヲ学校ニ安置セラル。後九年ニシテ、宝永五年八月十四日聖殿成就。恭安殿ト号シ聖像(遷)坐、釈菜アリ」と、元禄一二年学校(東原庠舎とうげんしようしや)建築から聖廟落成への経由が記されている。茂文は貞享三年(一六八六)襲家後直ちに孔子廟建立を思い立つものの、佐賀藩・幕府の免許がなかなか下らず、江戸では元禄三年湯島ゆしま聖堂、佐賀では同一三年鬼丸おにまる聖堂が造営されたのち許可となった。「丹邱邑誌」の撰者深江順房は、「本朝聖堂学校ノ中興ハ我雄山府君也」と茂文をたたえている。

」「聖殿」「聖堂」のほかに「恭安殿」とも号している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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