圧迫性ニューロパチー(読み)あっぱくせいニューロパチー

六訂版 家庭医学大全科 「圧迫性ニューロパチー」の解説

圧迫性ニューロパチー
あっぱくせいニューロパチー
Compression neuropathy
(脳・神経・筋の病気)

どんな病気か

 末梢神経幹に圧力が加わることにより生じるもので、1本の神経が侵される(単ニューロパチー)ことがほとんどです。

原因は何か

 体外からの圧迫だけでなく、神経周囲組織の肥厚(ひこう)腫瘤(しゅりゅう)の圧迫でも起こります。

 末梢神経幹が圧迫されると、①神経伝導ブロック(数日から数週で改善する)、②軸索(じくさく)の障害(挫滅(ざめつ))、③神経断裂などの状態が起こり、②、③の場合、神経遠位端はワーラー変性(神経軸索が障害を受けると、その部位から末梢が変性してしまうこと)の状態になり、神経機能の回復が困難になります。神経線維が、たとえば腋窩(えきか)わきの下のくぼんだところ)、頸椎(けいつい)などの高位(近位)で圧迫を受けると、その末梢部では軽度の圧迫でも容易に軸索の障害が現れやすくなってきます。

 また、アルコール中毒、糖尿病、低栄養状態などによっても損傷を受けやすくなるので、これら全身疾患の存在にも注意が必要です。

 まれですが、何度も軽い圧迫で麻痺が誘発される遺伝性圧過敏性ニューロパチーもあります。

症状の現れ方

 圧迫性ニューロパチーには、急性に起こるものと慢性・反復性に起こるものとがあります。

 急性圧迫性のものは、駆血帯(くけつたい)の長時間圧迫、長時間の正座、手枕での熟睡(土曜の夜の麻痺)、新婚の夜の麻痺(腋窩部に花嫁の頭を乗せる)などで現れます。とくに橈骨(とうこつ)神経麻痺は垂れ手(手指手首を水平・挙上できなくなる)としてよく知られています。急性発症の場合、リハビリにより多くは短期間(数日から月単位)で回復します。

 慢性・反復性圧迫性のものは月・年単位で現れ、その大部分絞扼性(こうやくせい)です。代表的なものは手根管症候群ですが、そのほかに肘管(ちゅうかん)症候群((ひじ)での尺骨(しゃっこつ)神経麻痺)、総腓骨(そうひこつ)神経麻痺などがあります。

 下肢に起こる総腓骨神経麻痺は、やせ型の人が長時間足組みをしたあとに現れてきます。膝窩部(しっかぶ)腓骨に神経が押しつけられ、垂れ足(足指や足首を上げることができない)を来します。麻酔、長期の臥床(がしょう)(寝込む)、ギプスなども原因となります。時に膝窩後部はくぼんでおり、ひとつのコンパートメント個室)をつくっています。何らかの原因でこのくぼみがはれると、神経(動脈静脈なども通過)の圧迫が起こり、下腿筋萎縮を生じてくるために、早期にはれを除去する必要もあります。

検査と診断

 圧迫性ニューロパチーでは腫瘍(しゅよう)が原因になる場合もあります。原因検索のために神経伝導検査MRICT検査も必要になってきます。

治療の方法

 治療法は原因によりさまざまです。

齋藤 豊和

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

内科学 第10版 「圧迫性ニューロパチー」の解説

圧迫性ニューロパチー(単神経障害)

(2)圧迫性ニューロパチー(compression neuropathy)
 圧迫性ニューロパチーの好発部位は解剖学的に規定されており,頻度の高いものとして正中神経(手根管),尺骨神経(肘部管および上腕骨内果),腓骨神経(腓骨頭部)があげられる.圧迫による直接的神経障害のほかに虚血も病態に関与する.単一神経の分布に一致する運動感覚障害を呈し,特定の肢位(橈骨神経麻痺の下垂手,腓骨神経麻痺の下垂足など)により診断は比較的容易である(表15-19-4).確定診断と,軸索変性の程度による手術適応決定のためには神経伝導検査が有用である.想定される圧迫部位をはさんで刺激すると脱髄所見(神経伝導ブロック・遅延)が検出できる.また,圧迫部位より遠位の刺激で誘発反応が低下している場合にはWaller変性が起こっていることがわかる.近年超音波により圧迫部での神経腫大が診断に有用であることが示されている.
a.手根管症候群(carpal tunnel syndrome)
 手根管内における正中神経の圧迫性ニューロパチーであり,最も頻度が高い.手根管は底部を手根骨,上部を屈筋支帯(横手根靱帯)で形成されるトンネルであり,多くは先天的にこの部位が狭いことを基盤に労作,浮腫(妊娠,糖尿病,内分泌疾患),骨変化(リウマチなど)により手根管内圧が上昇することで発症する.女性に多く,約半数は両側性である.正中神経支配である1~3指と4指橈側の掌面のしびれ,手首の痛み,母指球筋脱力・萎縮が主症状である.C6神経根症が鑑別にあがるが,夜間・早朝のしびれ・痛みの増悪,4指の正中部で感覚障害が分かれること(ring finger splitting)によって症状から鑑別は可能である.軽症例では手首の安静の指示のみで軽快する場合がある.痛みが高度な場合,母指球萎縮(Waller変性)がみられる場合には手術適応となる.一時的な除痛には副腎皮質ステロイドの内服あるいは手根管内注入が有効である.
b.肘部尺骨神経麻痺
 尺骨神経は肘部で尺骨神経溝を通過後に,弓状靱帯部(狭義の肘部管)を通過する.実際の圧迫は肘部管よりも尺骨神経溝や上腕骨内果が多いために,肘部管症候群ではなく肘部尺骨神経麻痺とよぶことが推奨されている.幼少時の上腕骨骨折による外反肘がある場合には成長期に上腕骨内果部で圧迫され,遅発性尺骨神経麻痺(tardy ulnar nerve palsy)とよばれる.慢性圧迫であることから自然経過での改善は乏しく,筋萎縮(Waller変性)を伴う場合には除圧手術あるいは神経前方移行術の適応となる.
c.橈骨神経麻痺
 上腕骨橈骨神経溝部での急性圧迫によって起こる手首,指の伸筋麻痺のために下垂手を呈する.腕枕(honey moon palsy)や睡眠時の同部の圧迫により起こる.自然経過で回復することが多いが,症状が遷延する場合には手術療法を考慮する.
d.腓骨神経麻痺
 脚組み,長いブーツなどによる腓骨頭での急性圧迫により下垂足を呈する.病歴と姿位で診断可能である.自然経過で回復することが多い.[桑原 聡]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報