嚢虫症(読み)のうちゅうしょう(英語表記)Cysticercosis

六訂版 家庭医学大全科 「嚢虫症」の解説

嚢虫症
のうちゅうしょう
Cysticercosis
(感染症)

どんな感染症か

 条虫のうち、有鉤条虫(ゆうこうじょうちゅう)幼虫が寄生する病気で、幼虫は袋状(嚢状(のうじょう))の形をしていることから嚢虫と呼ばれています。

 有鉤条虫成虫が産んだ虫卵を飲み込むと、体のなかで嚢虫が形成されます。また、有鉤条虫の成虫が腸に寄生している場合、腸のなかで幼虫が孵化(ふか)・感染して全身に移行し、やはり嚢虫が形成されます。これを自家(じか)感染といいます。虫卵は直径0.1㎜以下で、肉眼では見えません。

症状の現れ方

 嚢虫は1㎝ほどのレモン型をしていて、全身のあらゆる場所に寄生します。そのため、寄生した部位に応じてさまざまな症状が現れます。筋肉や皮下組織に寄生した場合は、しこりが感じられます。

 危険なのは脳に寄生した時で、けいれん麻痺など、脳腫瘍(のうしゅよう)に似た症状が起こり、放置しておくと死に至ることがあります。

検査と診断

 一般に、症状から嚢虫症と診断するのは非常に困難です。皮下に寄生する場合は、手術で摘出したあとに嚢虫症と判明することがほとんどです。

 神経症状を起こした場合は、ただちに病院で精密検査を受けましょう。脳の嚢虫症は、画像検査で脳腫瘍との区別を行い、同時に嚢虫に対する抗体検査で診断します。

治療の方法

 手術で嚢虫を摘出するほかに、抗寄生虫薬のアルベンダゾール(エスカゾール)、プラジカンテル(ビルトリシド)が有効です。薬剤治療によって嚢虫が死滅すると、その周囲に強い炎症が起こるので、ステロイド薬を併用します。

 脳の嚢虫症では、まず症状を和らげる治療を行い、けいれんがあれば抗けいれん薬を服用します。

病気に気づいたらどうする

 皮下に寄生した場合にはこぶができるので感染に気づきますが、多くの場合は気づきません。本人が有鉤条虫症の場合や、家族に有鉤条虫症の人がいる場合は、便から排出された虫卵が感染源となって嚢虫症になる危険性があるので、排便後は手をよく洗い、使用したタオルは熱湯消毒します。

 また、有鉤条虫は豚肉から感染するので、生で食べないようにします(条虫症)。

奈良 武司

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「嚢虫症」の意味・わかりやすい解説

嚢虫症
のうちゅうしょう
cysticercosis

条虫の幼虫が人体のさまざまな臓器組織に寄生することによって多様な症状が引き起こされる寄生虫症。嚢尾虫症あるいは幼条虫症metacestodiasisともよばれる。南アメリカやアジア、アフリカなどの衛生環境の整備されていない地域で多く発生するが、世界的な広がりもみせている。

 有鉤(ゆうこう)条虫の嚢虫がヒトに寄生した場合は(人体)有鉤嚢虫症とよぶ。これは有鉤条虫(成虫)から排出された虫卵を経口摂取し、有鉤嚢虫が体内で発育することによって引き起こされる。有鉤条虫症の患者や家族の排泄した便が感染源となる。有鉤条虫(成虫)が腸に入ると、腸のなかで孵化(ふか)した幼虫が腸管から全身の組織に移行し、結果として嚢虫が寄生するようになる(自家感染)。有鉤条虫症は有鉤嚢虫を体内にもつ豚肉から感染することが多いとされ、十分に加熱せずに食すことで成虫が人体内に取り込まれる。

 嚢虫は全身のあらゆる部位に寄生し、寄生部位に応じてさまざまな症状が現れる。筋肉や皮下組織では結節や腫瘤(しゅりゅう)がみられ、眼ではかすみ目のほか網膜炎や光彩毛様体炎などの眼嚢虫症となり失明の危険を伴うこともある。脳ではけいれんや麻痺(まひ)などを伴う脳嚢虫症を呈し、脳水腫などから死に至ることもある。中枢神経系に侵入するとてんかんなどの神経学的症状を呈する。これらの症状は感染後数か月から数年の潜伏期間を経る場合もある。

 治療は手術により嚢虫を摘出するほか、アルベンダゾールやプラジカンテルなどの抗寄生虫薬やステロイド薬を使用する。脳嚢虫症では抗けいれん薬も併用する。

 嚢虫症はWHO(世界保健機関)の「顧みられない熱帯病」の一つに指定され、流行国での制圧が目ざされている。

[編集部 2016年5月19日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例