唐崎(読み)カラサキ

デジタル大辞泉 「唐崎」の意味・読み・例文・類語

からさき【唐崎/辛崎】

滋賀県大津市北西部、琵琶湖岸の地名。唐崎神社があり、近江八景一つ、唐崎の夜雨で知られる。[歌枕
「ささなみの志賀の―さきくあれど大宮人の船待ちかねつ」〈・三〇〉

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精選版 日本国語大辞典 「唐崎」の意味・読み・例文・類語

からさき【唐崎】

滋賀県大津市、琵琶湖西岸の地名。「唐崎の夜雨」は近江八景の一つ。唐崎の松といわれる一本松があった。歌枕。辛崎。韓崎。辛前。
万葉(8C後)一・三〇「ささなみの志賀の辛碕(からさき)幸くあれど大宮人の船待ちかねつ」

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日本歴史地名大系 「唐崎」の解説

唐崎
からさき

下阪本しもさかもと南端穴太あのうの東、琵琶湖に面した崎で、古くは七瀬祓所の一つとして知られる。辛崎・韓埼などとも記され、渡来人にかかわる地名といわれる。景勝地としても知られ、「枕草子」の「崎は」の段には「唐崎、三保が崎」と記される。のちには「唐崎の夜雨」「唐崎の落雁」として近江八景の一つに数えられた。一方、名勝唐崎の松は、「日吉社神道秘密記」によれば、常陸国鹿島かしま(現茨城県)から唐崎に移り住んだ坂本日吉社の「社務上祖琴御館宇志丸宿禰」が庭前に松を植え、「軒端之松」と名付けたことに始まるといい、「太平記」巻一七には「唐崎ノ一松ひとつまつ」とみえる。他方同書巻二によると、元弘元年(一三三一)八月の元弘の変では、延暦寺を味方につけた後醍醐天皇の軍勢と、これを制圧に向かった幕府軍とが唐崎で一大合戦に及んでいるが、当時の地勢について「唐崎ノ浜ト申ハ東ハ湖ニテ、其汀崩タリ、西ハ深田ニテ馬ノ足モ立ズ、平沙渺々トシテ道セバシ」とある。

〔志賀の唐崎と日吉社〕

「万葉集」巻一には柿本人麻呂の「楽浪の志賀の唐崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ」の歌が載り、大津宮のシンボルともいうべき景勝の地であった。歌枕としては「千載集」に載る藤原顕家朝臣の「月かげはきえぬこほりとみえながらさざ浪よするしがのからさき」などの歌がある。

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