受動的安全(読み)じゅどうてきあんぜん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「受動的安全」の意味・わかりやすい解説

受動的安全
じゅどうてきあんぜん

一般的に安全対策は、受動的安全(パッシブ・セーフティーpassive safety、二次安全)と能動的安全(アクティブ・セーフティーactive safety、一次安全、積極的安全)の2種に大別できる。本項においては、自動車の受動的安全について記述する。

 自動車の受動的安全とは、事故が起きてしまった場合に、乗員が受けるダメージ最小限に抑えること(装置)をいう。もっとも代表的なものはシートベルト(安全ベルト)で、衝突の衝撃によって乗員が車外に飛び出したり、車内(ハンドルダッシュボードウィンドーなど)にたたきつけられたりすることを防ぐ役目を果たす。シートベルトと併用することでさらに安全性を高めるものにSRSエアバッグ(Supplemental Restraint System Airbag)がある。このほかアクティブ・ヘッドレスト、衝撃吸収ボディ、チャイルドシート、脱落式室内ミラー、衝撃吸収式サンバイザー、衝撃吸収式ステアリングコラムなどがあり、車の構造、装備品はすべて安全を考慮して設計されている。

 自動車になんらかの安全対策を施すことは、自動車自体が危険であることを認める行為であるとして、その対策を行うことが長くタブー視されていた。また、運転者の自由を損なうという考えもあったが、自動車事故件数の急速な増加によって、安全対策が図られるようになった。代表的な機構と、その装着経緯は下記のとおりである。

 スウェーデンボルボは、自動車の安全対策に熱心な自動車会社の一つで、1950年代後半にいくつかの安全対策をいち早く採用している。その一つが、衝突時にドライバーがハンドルで胸を強打することを防ぐ、衝撃吸収ステアリングコラムの採用であった。機構的には、衝突によって車両前方から強い衝撃を受けると軸方向に蛇腹が縮むように変形するシャフト(ハンドル軸)を備えていた。この基本構造は現在でも踏襲されている。また、ボルボはこれと同時にハンドルのドライバーと接する面や、計器板(ダッシュボード)にも柔らかいパッドを備えた。

 シートベルトの採用もボルボが早く、1957年から二点式シートベルト用のアンカー(固定装置)をすべての車両に標準装備している(ベルトは注文装着)。1958年には、三点式シートベルトの開発に成功し、取得した特許を全メーカーに公開した。さらに、1959年には世界で初めてシートベルトを標準装備とした。

 衝突時に車体前後を積極的に変形させることで、衝突エネルギーを吸収して車室部分の変形を防ぐ、衝撃吸収構造ボディはダイムラー・ベンツ(現、ダイムラー)によって進められ、同社は1953年に世界で初めて量産乗用車の180モデルに採用した。現在では、衝撃吸収構造ボディをもたない自動車は存在せず、コンピュータ解析技術を用いて、きわめて高度な衝撃吸収能力を備えている。

 SRSエアバッグ瞬時に膨らむバッグを用いて、衝突時に乗員が受ける衝撃を緩和する装置である。センサーによって自動車が衝突したことを感知すると、気体発生装置が作動して、折り畳まれて収納されているバッグを展開する。SRSエアバッグが備えられている場所は、ハンドルや助手席前のダッシュボードが一般的だが、前席の膝(ひざ)部分のほか、側面や後席後部などである。また、近年では、歩行者との衝突の際に歩行者(おもに頭部)を守るために前面ガラス直前のボンネット上に展開するものも現れている。

 SRSエアバッグにはロードリミッター付きプリテンショナーシートベルトを併用することが多くなり、さらに乗員保護能力が高まった。ロードリミッター付きプリテンショナーシートベルトは、衝突の衝撃を感知すると、瞬時にベルトを巻き取ることで乗員を強く拘束し、その後はベルトを緩めて胸部への圧迫を和らげるという機能を備えている。

 SRSエアバッグは当初、単体の安全装置として開発が始まったが、シートベルトと併用することで高い乗員保護機能をもつことが認められ、1970年代中盤にアメリカで実用化へ向けて動き始めた。1973年にゼネラル・モーターズ(GM)が注文装着品としたが、誤作動から設定を一時休止した。本格的な装着が始まったのは、1980年のメルセデス・ベンツSクラスからで、注文装着品として設定された。日本で初めて実用化したのは1987年のことで、本田技研工業(ホンダ)がレジェンドに装着した。

[伊東和彦]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例