南欧の大学改革(読み)なんおうのだいがくかいかく

大学事典 「南欧の大学改革」の解説

南欧の大学改革
なんおうのだいがくかいかく

イタリアの大学改革

イタリアはボローニャ宣言のお膝元であるだけでなく,それに先立つ1998年のソルボンヌ宣言の署名国であり,ボローニャ・プロセスの先導的役割を果たしてきた国の一つである。しかし,ボローニャ宣言の会議開催国であるにもかかわらず,イタリアの大学側の反応は鈍く,学術団体も新しい秩序への取組みを積極的におこなおうとはせず,大学や学界や社会は一般に無関心であった。むしろ,ボローニャ・プロセスに積極的に参加して,イタリアの高等教育を再組織化しようとしたのは,政府や文部行政の側であった。本来,イタリアの大学教育はエリート養成という歴史的な目的を維持し,高度な研究・教育の連携を図ろうとしてきた。他国においては大卒後教育レベルの課程を,大学教育としておこなってきたという自負に支えられていた。その結果,大学の大衆化などからくる多様な要求への対応を怠り,ヨーロッパでも大学未修了中退者の最も多い高等教育制度となっていた。

 このため行政当局は,まず2~3年間で取得できる短期学位(イタリア)(diploma,ディプロマ)の課程(1990年制定,92年施行)を導入するとともに,チューター制度も制度化して,全体的な教育内容の決定に関する自治権も各大学に付与してきた。労働界の要求に応じる目的を持ったこの短期学位は,大学入学資格であるマトゥリタを得てすぐに,正規の学位(laurea: ラウレア課程)課程か短期学位課程かの選択を学生に強要する点などが批判されたが,科学・技術分野などでは労働界に直結するものとして一定の成功を収めた。他方で,法律や行政分野においては,資格に直結しない低い評価しか与えられなかった。さらに,大学の教員の側が大学教育の伝統的な高度性を重んじて,これを評価しなかったため,短期学位課程の登録者は全体の10%を超えることはなかった。このような状況の中で,1999年のボローニャ宣言に則った改革が,同年に即座におこなわれた。とりわけ,欧州高等教育圏(EHEA)をめざす大学の学習サイクル改革(イタリア)の改革は,同年509省令(大臣O. ゼッキーノ)で導入され,2001/02学年度からイタリアのすべての大学に適用された。つづいて,2004年の施策270省令(大臣L. モラッティ)によって部分的に改訂され,それによって2010/11学年度までに学習課程の改革が大学に課せられた。

 以上の制度改革は,職業構造に合わせた改革としては一応の成功を収めていると言って良い。たとえば,1995年の段階では,ラウレア取得者の3年後の就職率は7割程度であった。これは大学の大衆化によって従来の伝統的な労働市場が大学修了者を吸収できなくなっていたからであるが,3+2サイクルの導入によって大学教育を一般労働市場と専門職市場に従来よりも適合させることが可能となった。そのため,大学登録者数は1990年代には漸減傾向にあったが,2000年以降は増加に転じ,その増加は3年間のラウレア課程の登録者によるものであった。そして,1999年のラウレア取得者の3年後の就職率は88.5%と増加した。その意味で,広く一般的に人材の質を高める中等後教育の提供という目的や,それと区別されるより質の高い専門職教育の養成教育という高等教育の目的に対応するものであったと言えるのである。

 改革の効果は,就業面のみならず,教育の面においても現れた。従来イタリアの大学の顕著な特徴であった中途退学者率の高さは,教育・大学・科学研究省(MIUR)のデータによると,第1年次から第2年次の間の率が,1998/99の21%から,2007/08の18%にわずかとはいえ減少はした。またラウレア取得率に関しても,以前は規定の3年間で取得できる者の比率が10%以下という低い水準であったものが,40%を超えるようになった。しかし,改善されたとはいえ,依然として半数以上の者が3年間でラウレア学位を取得していないという現実には,別の問題も指摘されている。それは改革以前の教育内容がしばしばそのまま3年課程に移され,次の段階の専門課程における教育内容との合理的な分離がなされていないという点である。そのため,新しい3年のラウレア課程の意義を積極的に学生が見いだせないという結果を生んでいる。

 このことは,ラウレア取得者が次の2年間の専門課程に進学する率の高さに表れている。その率は平的には65%,科目によっては90%近い率を示している。3年間のラウレア取得者の多くが次の専門課程で勉学を続けるとすれば,3+2の二つのサイクルの改革の意義は無意味になる危険性がある。実際,改革批判の大部分は,この3年のラウレア課程に対するものである。ラウレア取得が明確に職業構造に一致していないために,より高度な能力を要求しようとする労働市場に合わせて,学生たちは勉学を延長する傾向にある。教師の側も,3年間のラウレア課程では十分な教育ができず,労働界の要求に適合する教育ができないと主張してきたのである。

 こうした主張はイタリアのみならず,ボローニャ・プロセスを受け入れた各国に見られるものであって,その対応策として大学に設置された課程がレベルⅠとレベルⅡの二つのマスター課程(イタリア)である。本来は,この課程もボローニャ・プロセスに沿って設置されるものであり,同プロセスの加盟国との協同関係やEHEAにおける労働界の資格互換性などから見ても期待されていた。実際,このマスター課程には多くの学生が登録したが,近年のデータを見る限り,マスター取得が職業的利益に直結しているとは言えない状況である。

 こうした大学教育と労働界の必要を合致させるには,次の三つの活動が必要とされている。まず,大学のカリキュラムに労働界に必要とされる知識,すなわち情報処理や言語能力などの知識を導入すること。企業内教育や訓練を大学の教育課程にクレジットを付与して設置すること。これらの課程について,労働界の代表や専門家と相談し承認を得る必要があること。これらの活動を通じて,他国に比べてイタリアが遅れてきた改革を調整する必要がある。
著者: 児玉善仁

スペインポルトガル

21世紀に入ってからのスペインの大学改革では,2001年「大学組織法」によって大学の組織改革が始まった。閉鎖的であった大学の運営に対し,大学教員の公募採用や国家資格の導入,第三者による評価機関の設置などは,大学の自治を侵害するとして強い反発も起こった。2004年に政権交代があり,2007年に「改正大学組織法(スペイン)」が成立,新たな改革が着手された。2007年の法律は,ボローニャ・プロセスへの一貫性と欧州高等教育圏への適合を目指す基本的骨組みが示されており,大学の段階的な基本構造としての学士課程,修士課程,博士課程の3段階の制度が構築され,さらに学部の再編成,それぞれの段階の年限が学士課程4年,修士課程1~2年,博士課程3年に,ヨーロッパ共通の単位制度の導入も規定されている。2013年11月には「教育の質向上法(スペイン)」が成立した。この法律は中等教育までの質的改革を目指すものであるが,これにより大学入学資格(スペイン)試験が大幅に改革される。スペインは近年の金融および不動産バブルの崩壊による急激な経済危機によって,大学予算が削減され,授業料の値上げも行われている。その中で減少する学生数の問題,大学の質をどのように維持するのかなど,課題は山積している。大学の危機の時代とも言われ,学生デモも頻発している。2020年という新たな目標設定がなされたボローニャ・プロセスに対しての取組みも継続している。

 ポルトガルの大学改革においても,経済危機による教育財政の圧迫により,授業料の値上げ,外部資金の導入,非常勤や任期付き雇用の教員の増加等,大学の運営は難しい状況にある。2005年に制定された教育法(ポルトガル)で,新たな単位制度の導入,段階的な基本構造の整備等の改革がなされた。この改革はボローニャ・プロセスとも合致するもので,学士課程(3年以上),修士課程(2年),博士課程(5年)の3段階が規定された。ポルトガルの高等教育制度には,大学のほかに専門学校を再編して創設されたポリテクニコ(ポルトガル)という機関が存在する。2006年の政令により,ポリテクニコにおいても学士課程(3年),修士課程(2年)が設置され,学位を取得できるようになった。なおポルトガルでは,大学の所轄官庁は科学・技術・高等教育省であったが,2011年12月に統合されて教育・科学省(ポルトガル)が誕生し,大学は高等教育庁の管轄下に置かれることとなった。スペイン同様に経済的に厳しい状況下において,いかにして大学を運営し,教育の質を守るのかが課題となっている。
著者: 安藤万奈

[イタリア]◎児玉善仁「世界の大学改革―伝統と革新をめぐって」『大学史研究』第24号,2010.

参考文献: Alessandro Bellavista, Il reclutamento dei professori e dei ricercatori universitari dopo la legge “Gelmini”, Newsletter Roars Review, 2002: http://www. roars. it/online/il-reclutamento-dei-professori-e-dei-ricercatori-universitari-dopo-la-legge-gelmini/

[スペイン・ポルトガル]◎VV.AA., História da Universidade em Portugal, Coimbra, Universidade, Fundação Calouste Gulbenkian, 1997.

参考文献: VV.AA., La Universidad en el siglo XX(España e Iberoamérica), Murcia, Sociedad Española de Historia de la Educación, Departamento de Teoría e Historia de la Educación, Universidad de Murcia, 1998.

参考文献: Viñao, Antonio, Escuela para todos, Educación y modernidad en la España del siglo XX, 2004.

参考文献: Neave, Guy, Amaral, Alberto(eds.), Higher Education in Portugal 1974-2009: A Nation, a Generation, 2012.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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