日本大百科全書(ニッポニカ) 「労働基本権」の意味・わかりやすい解説
労働基本権
ろうどうきほんけん
労働者が人間らしい生活をするために必要不可欠の権利である、憲法第27条1項の勤労権(労働権)、同第28条の団結権、団体交渉権、団体行動権などの総称である。広義では労働権を含めたものをいい、狭義では団結権、団体交渉権、団体行動権の労働三権をいう。労働基本権は、一朝一夕に保障されたものでなく、労働者団結の長期でかつ粘り強い闘いによって確立してきたものである。
まず、国家権力との関係において、労働者の団体行動を解放しなければならなかった。かつては、労働者の団体行動は刑法などの法律で禁止されており、労働者の法違反の行動は刑事罰の対象となり、また弾圧の対象となった。この国家権力からの解放は、刑事上の責任から免れる、いわゆる刑事免責の形となって表れる。次に、使用者との関係において、争議行為などの団体行動は、債務不履行などの責任を追及されることになり、このことからの解放も必要であった。すなわち、労働者の団体行動がつねに損害賠償請求の対象となったり、解雇などの差別的取扱いを招くことになれば、安心して権利の行使ができないことになるので、このことからの解放も必要であった。したがって、使用者に対する団体行動は損害賠償の対象とならず、解雇などの不利益も受けないという民事免責の形となって表れてくる。
この労働基本権の確立、すなわち刑事・民事免責の確立は、世界史的にみると、19世紀初頭から20世紀初頭にかけてのことである。現行労働組合法は、その第1条2項で刑事免責、第8条で正当な争議行為の民事免責を定めている。このようにして確立してきた労働基本権の理解について、従来は生存権的基本権の一つとしてとらえる傾向が強かった。この考え方によれば、他に生存権を実現する手段があれば労働基本権を否認・制約することも可能という見解が導きだされたことから、今日では、労働基本権の根源的に奪われない人権としての自由権的側面を重視する見解が有力となっている。つまり単なる生存権的基本権としてとらえるのではなく、刑事免責の確立にみられるように、国家からの自由あるいは解放という点に着目する見解が有力になっている。たとえば、結社の自由(憲法21条)という精神的自由権と団結権などの労働基本権を対立したものとしてとらえるのでなく、労働基本権を前者の労働者権的発展ととらえるわけである。日本においては、労働基本権は憲法第28条に団結権などの権利として具体化されている。この労働三権について、団体交渉権を中心に据える見解が主張されてきたが、今日では、労働者の人間らしい生活を確保するという目的に寄与するものとして、三つのいずれも不可欠のものであり、三つを一体のものとしてとらえる見解が有力となっている。これらの三つの権利の主体についても、従来は集団的権利としてとらえる見解が有力であったが、労働組合という団体を優位に置くことによる個人(組合員)の犠牲が問題となったことから、今日では個人を中心に労働基本権を構成する見解が有力となっている。
労働基本権は、現行労働組合法において、刑事・民事免責以外にも、不当労働行為としての団結権侵害行為の禁止(7条1号、3号)、正当な理由のない団交拒否の禁止(7条2号)、団体交渉の結果労使間で締結される労働協約などの保障規定(15条以下)として具体化されている。日本で労働基本権がどれだけ実際に確立しているかについて問題点は多々あるが、そのなかでも公務員の労働基本権が国家公務員法などによって制約・剥奪(はくだつ)されていることが大きな問題点として指摘できる。
[村下 博・吉田美喜夫]
『沼田稲次郎著『労働基本権論』(1969・勁草書房)』▽『樋口陽一著『自由と国家』(1989・岩波書店)』▽『西谷敏著『労働組合法』(1998・有斐閣)』