出口なお(読み)でぐち・なお

朝日日本歴史人物事典 「出口なお」の解説

出口なお

没年:大正7.11.6(1918)
生年:天保7.12.16(1837.1.22)
大本教の教祖。丹波国(京都府)福知山生まれ。福知山は3万2000石の城下町。祖父は藩の御上大工を勤め,苗字帯刀を許されていた。父も大工だったが酒のみで彼の代で家は傾く。満年齢でかぞえるとまだ8歳のころから奉公に出て家計を助け,19歳で婿をむかえ,夫豊助はなおの祖父の名をとって出口政五郎と名乗る。夫は土地と田畑を売ってしまい,夫妻は借家ずまいとなり,やがてなおは糸ひき,ボロ買いに出るようになり,最低のくらしをつづける。11人の子どもを生み,3男5女を育てた。娘のひさ,よねは発狂し,明治25(1892)年なおは神がかり状態に入り,13日の断食。あくる年には放火のうたがいで警察に留置され,そこを出てからは,誰もいないなおひとりの家で40日間座敷牢に入れられた。 なおがお筆先を書きだしたのは,このときからのことで,はじめは杭にカナクギできざんだ。出獄後,20万枚の半紙に筆先をのこした。無学であるはずのなおののこした文言は,ひらがなと数字を表音風にまぜて書いたもので,はじめはなお自身が自分の書いたお筆先を読めないことがあった。なおにあらわれた神はウシトラ(艮)の金神で,それはなおが金光教につながりを持っていたからである。こうして金光教綾部布教所がつくられ,そこでなおは本部から派遣された奥村定次郎につかえてから布教をした。しかし奥村とのあいだに対立がおこり,次に派遣された足立正信とも対立し,ついに独立の布教所をひらく。 明治31年8月23日,なおははじめて上田喜三郎(のちに出口王仁三郎を名のる)と会う。王仁三郎は稲荷講社に属し,やがてなおの教団は稲荷講社の分会となり亀裂が生じた。なおは,王仁三郎が神を見わけて世に出してくれることを期待した。やがて王仁三郎はなおの末娘でなおのよつぎと決まっているすみと結婚した。その後なおと王仁三郎のあいだには対立がつづき,大本教は,なおの祭りの中心(綾部)と王仁三郎の教学の中心(亀岡)とのふたつの中心をもつ楕円形の運動をつづけてゆく。 なおのお筆先は,王仁三郎によってひとつの大系にまとめられ,国家神道一派としての神霊をつくるが,王仁三郎はこの形を国家批判として運用し,なおの死後,大正10(1921)年と昭和10(1935)年と2度にわたる弾圧をくぐって生きのびる。この意味では,「じんびき(退陣)いたされよ」と天皇の政治に明治33(1900)年2月23日のお筆先でよびかけた姿勢は15年戦争(1931~45)のあいだもたもたれた。なおの言葉づかいでは「たてかえ」と「たてなおし」である。「世を何遍立替致しても,肝腎の大立直しを致さずに立替してあるから,ちっと行きよると又世が後へ戻りた……立替はらちよう致したところで,後の立直しが中々大望であるぞよ」(大正1年10月5日のお筆先)。 出口なおの活動は,江戸時代末期の富士講,黒住教,天理教,金光教の流れをひき,海外の理論の輸入とは別に,自分の腹の底の無意識がさけびだすときにどのような規範があらわれるかを示すあざやかな記録である。<参考文献>安丸良夫『出口なお』

(鶴見俊輔)

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改訂新版 世界大百科事典 「出口なお」の意味・わかりやすい解説

出口なお (でぐちなお)
生没年:1836-1918(天保7-大正7)

大本教の教祖。丹波国福知山(現,京都府福知山市)の大工桐村五郎三郎と妻そよの長女として生まれた。貧しさゆえに11歳で最初の奉公に出,以後6年間働く。奉公先から桐村家にもどってまもなく,18歳で子どものいない叔母出口ゆりの養女になるが,半年で実家にもどった。財産をめぐるトラブルからゆりは自殺し,まもなくなおは叔母の死霊にとりつかれる。1855年(安政2)なおは再び出口家をつぎ,四方豊助(出口政五郎)を婿とした。11人の子を生んだが,3人の子を失い,3男5女を育てた。しかし,72年(明治5)には夫政五郎の放蕩で家財いっさいを失い,やがて再び貧乏のどん底に落ちた。さらに政五郎は,85年に半身不随となった。なおは生活を支えるために一膳飯屋,まんじゅう屋,さらにぼろ買の仕事にまで手を染め,こじき寸前の生活まで落ち,長男の自殺未遂,家出など悲しい体験をくりかえした。90年に三女ひさが,翌91年には長女よねが発狂した。2人の娘のあいつぐ発狂は,長年の過酷な人生に疲れ果てたなおに追いうちをかけ,彼女は亀岡の金光(こんこう)教布教師の説く〈艮(うしとら)の金神〉に救いを求めた。92年1月5日,心身の疲労が極限状況に達したなおは,突然〈われは艮の金神なるぞ。神はなおの体を社として借りたぞよ〉と口走った。神がかったなおは,さらに〈三千世界一度に開く梅の花,艮の金神の世になりたぞよ……艮の金神現われて,世の立替を致すぞよ〉と,世界の〈大立替〉を予言した。94年に金光教の布教師となったが,のち決別して大本教を独立させ,みずからを〈艮の金神〉と称し,病気治しを中心とした宗教活動をはじめた。しかし,なぜ病気が直るのか,なぜ信仰によって幸福になれるのかといった,救いの哲学を生み出すことができず,みずからの体に宿った〈艮の金神〉を理解し,みずから神の言葉をしるした〈筆先〉を教義として体系化してくれる協力者を求めつづけた。

 98年上田喜三郎(出口王仁三郎)と出会い,翌99年王仁三郎は大本教へ入会,1900年なおの五女すみと結婚し,5年をかけて教義の体系化に力をそそいだ。こうしてなおは,大本教を開教して王仁三郎とともにその基礎を築き,信徒は各地で増加した。
大本教
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百科事典マイペディア 「出口なお」の意味・わかりやすい解説

出口なお【でぐちなお】

宗教家,大本教教祖。丹波福知山生れ。11歳で奉公に出て,18歳で叔母の養女になるが,叔母は自殺,なおは死霊にとりつかれたと感じる。1855年に結婚,しかし夫の散財によって極貧に追いこまれ,くわえて長男の自殺未遂や二人の娘の発狂のため疲労困憊した。金光教の〈艮(うしとら)の金神〉に救いを求め,1892年,初めて神がかりした。1894年金光教の布教師,のち独立して大本教を開く。1898年には上田喜三郎(出口王仁三郎)という協力者をえ,5年をかけて教義を体系化した。その〈筆先〉は大本教の根本教典。
→関連項目大本教弾圧事件

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「出口なお」の解説

出口なお
でぐちなお

1836.12.16~1918.11.6

明治・大正期の宗教家。大本(おおもと)教の教祖。丹波国生れ。出口家の養子となり,政五郎を婿に迎えた。出口家は明治維新期に没落し,なおは生活の辛酸をなめ,金光(こんこう)教に入信。1892年(明治25)最初の神がかりを体験。のち神の言葉を書き付けるようになり,大本教の教義「お筆先」となった。布教の合法化のために金光教の綾部布教所に同居するが,金光教としだいに対立して独立。大本教は婿養子の出口王仁三郎(おにさぶろう)に至って教勢を拡大するが,なおの時期は地方教団的なものにとどまっていた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「出口なお」の解説

出口なお でぐち-なお

1837*-1918 明治-大正時代の宗教家。
天保(てんぽう)7年12月16日生まれ。大本(おおもと)の開祖。宇宙創造神艮(うしとら)の金神(こんじん)(国常立尊(くにのとこたちのみこと))が,明治25年なおに神がかりし,「お筆先」とよばれる教義原典を仮名文字でしるし,大本をひらく。大正7年11月6日死去。83歳。丹波福知山(京都府)出身。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「出口なお」の意味・わかりやすい解説

出口なお
でぐちなお

[生]天保7(1836).12.16. 福知山
[没]1918.11.6. 綾部
大本教開祖。桐村五郎三郎の長女。丹波綾部の大工出口政五郎に嫁し,3男5女を産む。 1892年元旦の夜,神がかりして,将来の世界を予言し,大本教を立教。予言をみずから書き記した『御筆先』は大本教の基本教典。

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旺文社日本史事典 三訂版 「出口なお」の解説

出口なお
でぐちなお

1836〜1918
明治・大正時代の宗教家
丹波(京都府)綾部の人。大本教の開祖。

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世界大百科事典(旧版)内の出口なおの言及

【大本教】より

…京都府綾部に本部を置く神道系の宗教。教祖出口なおは1836年(天保7)丹波国(京都府)の大工の長女として生まれ,のち出口家の養女となって,大工の夫を婿に迎えた。夫の放蕩で家財いっさいを失い,ついにはぼろ買いをするほどの生活苦を体験した。…

【金神】より

…その根本神は,天地金乃神と呼ばれている。出口なおの創唱した大本教も,初期に金光教の影響を受け,鬼門にいる艮(うしとら)の金神による世の中の立替えを説いた。こうした祟り神や悪神の福神化の傾向は,社会変動期に現れる民衆の宗教運動の特質の一つである。…

※「出口なお」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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