公訴権の濫用(読み)こうそけんのらんよう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「公訴権の濫用」の意味・わかりやすい解説

公訴権の濫用
こうそけんのらんよう

検察官公訴の提起(起訴)が、形式的には適法であっても、実質的に不当な場合をいう。日本では検察官が公訴権を独占しており(起訴独占主義)、しかも検察官に広範な訴追裁量権を認める起訴便宜主義を採用している(刑事訴訟法248条)。それゆえ、逸脱的に権限が行使される危険性も大きく、とくに不当な起訴は、人権保障上重大な問題である。不当な起訴を抑制する手段として、諸外国には、その有効性のいかんは別として、予審大陪審、あるいは中間審査手続などといった制度がある。しかし、日本には、起訴裁量を抑制するこのような制度はいっさい存在しない。そこで、検察官の不当な公訴提起を、裁判所が公訴権の濫用として形式裁判(公訴棄却あるいは免訴)で打ち切ることを求める主張公訴権濫用論)が唱えられることになった。

 そして、救済の対象として問題とされたのが、具体的には次の三つの場合である。(1)嫌疑がない場合、すなわち証拠不十分および罪とならない場合についての起訴。(2)起訴猶予が相当である場合の起訴。(3)違法捜査に基づく起訴(もっとも(3)については異論がある)。このような学説の主張に対し、判例の対応は消極的であり、1980年(昭和55)にようやく最高裁判所が、訴追裁量権の逸脱が公訴を無効にすることがありうると、理論的には公訴権濫用論を認めた。しかし、その要件を、起訴自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合と、厳しく限定した(昭和55年12月17日最高裁判所第一小法廷決定)。

[大出良知]

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