日本大百科全書(ニッポニカ) 「元素記号」の意味・わかりやすい解説
元素記号
げんそきごう
symbol of element
元素の種類を表す記号。たとえば水素はH、酸素はOなどと示す。原子の種類を表すものと考えて原子記号ともいう。これらの記号は、それぞれの元素を表すとともに、その元素の1原子あるいは1グラム原子をも意味し、さらに同位体(アイソトープ)の発見に伴い、記号の左肩などに質量数をつけて同一元素名の各原子を区別するようになったので、その意味では原子記号というほうが妥当である。
一般に元素の名称の頭文字、またはつづり字中の適当な文字との組合せで表され(基本的にはラテン語が使われる)、万国共通の記号が定められている。
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元素記号の変遷
物質にそれぞれ特定の記号を用いることは、古くから行われており、今日のような元素記号になるまでには種々の変遷があった。そのような記号が用いられ始めた時代、地方あるいは民族について、よくわかっているわけではないが、金、銀、銅、水銀、鉄、錫(すず)、鉛の七つの金属を七星と対応させて、それらの記号としたことは、きわめて古い時代のようである。古代エジプト人はすでに
の(1)のような記号を用いていたといわれる。それらは、中世の錬金術時代に至るまでの長い間、いくぶんの変化はあったが、かなりよく使われていた。また、このほか、アリストテレスの四元素に対しては
の(2)のような記号も用いられていた。これらの記号は、神秘的な要素の強いもので、合理的な意義のあるものではなかったが、スウェーデンのベリマンは彼の著書のなかで(1775)、59の元素、化合物を記号で表し、反応式を示していることは注目してよい( の(3))。しかし18世紀に元素観がようやく確立され始めるとともに、フロギストン説は否定され、新しい理論も生まれ、各種の化学反応を表すために便利な記号が要求されるようになった。このような意味では、1787年フランスのハッセンフラッツJean Henri Hassenfratz(1755―1827)らが用いた化学記号は重要な意味をもっていた。彼らは、化学記号は化合物中の元素の数、割合などを表すだけでなく、同時にそれらが互いに作用する様式を示すべきであると考えた。これは現在の元素記号の基となった考え方でもある。彼らは、たとえば の(4)のような丸や四角、三角などの簡単な図形で物質の種類(金属、酸根、塩基根、土類など)を表し、それにさらに文字を入れるなどして区別した。このとき個々の金属を表すなどのため名称の頭文字を用いている。これはきわめて合理的で優れたものであったが、書くのにめんどうであったので、それほど普及しなかった。その後19世紀に入ってまもなく、イギリスのドルトンの用いた化学記号は有名であるが、ハッセンフラッツの記号と比べてそれほど優れたものとはいえない。ドルトンの記号は の(5)のようなものである。各種の円を用いたドルトンの記号では、各記号は1個の原子を表し、さらに原子の重さを表すものであったが、このことは現代的な意味で非常に重要なものであった。
ついで1813年スウェーデンのベルツェリウスは、各元素を表すのに文字記号を用いることを提案したが、これが現在の元素記号の基となった。しかし19世紀の間には多くの変遷があり、現在のような記号が用いられるようになるまでには、かなりの紆余曲折(うよきょくせつ)があった。たとえば酢酸について、年代順にその記号の変遷を示すと
のようになる。[中原勝儼]