京浜急行電鉄(株)(読み)けいひんきゅうこうでんてつ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「京浜急行電鉄(株)」の意味・わかりやすい解説

京浜急行電鉄(株)
けいひんきゅうこうでんてつ

東京都南部から神奈川県東部を走る民営鉄道。京急と略称される。泉岳寺―品川―横浜―浦賀間を本線に、逗子(ずし)線、久里浜(くりはま)線、空港線、大師(だいし)線の87.0キロメートルの路線をもつ(2020)。1899年(明治32)に川崎大師への参詣(さんけい)客輸送を目的とする大師電気鉄道(現在の大師線)として開業し、同年、京浜電気鉄道と改称して東京の品川(現在の北品川)から横浜の神奈川までを建設した。横浜の日ノ出町から南は湘南(しょうなん)電気鉄道が1930年(昭和5)以降建設したもので、両社はやがて直通を実現し1941年に合併、翌年東京付近の交通調整策に沿って東京急行電鉄(現、東急電鉄)に統合されたが、1948年(昭和23)に分離して京浜急行電鉄となった。関東地方最古の電車で、標準軌間を採用(一時、東京市電にあわせた1372ミリメートル軌間に変更)し、東海道本線、横須賀線と競合している。横浜市南部から三浦半島にかけて住宅地の発展が著しく、列車の長編成化(他社の20メートル級10両を上回る18メートル級12両)を進めて通勤輸送に対処するとともに、列車の高速化(最高時速120キロメートル)を実現してきた。

 1968年には、都営地下鉄浅草線、京成電鉄相互乗入れを開始、さらに1991年(平成3)には北総鉄道、2002年(平成14)には芝山鉄道ともつながり、5線連絡運転を行っている。1998年空港線が延長され、羽田空港駅(現、羽田空港第1・第2ターミナル駅)に乗り入れるようになり、その後、羽田空港国際線ターミナル駅(現、羽田空港第3ターミナル駅)の開業や京成電鉄の成田スカイアクセス線の開通もあって、羽田空港と成田空港の連絡に果たす役割をいっそう高めている。

 自動車事業は別会社が行っており、会社全体では鉄道事業の比率が大きい。

[和久田康雄・青木 亮 2020年11月13日]

『京浜急行電鉄株式会社編・刊『京浜急行百年史』(1999)』『『鉄道ピクトリアル7月臨時増刊号 京浜急行電鉄』(1998・鉄道図書刊行会)』

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