乎弥神社(読み)おみじんじや

日本歴史地名大系 「乎弥神社」の解説

乎弥神社
おみじんじや

[現在地名]余呉町下余呉

余呉よご湖の北東岸、下余呉の江土えど集落の東に鎮座する。江戸時代中期に乃弥のみ神社を合祀祭神臣知人おみしるひと命・海津見わたつみ命。境内社に八幡神社・村草むらくさ神社・大名持おおなもち神社・さい神社がある。「延喜式」神名帳の伊香いか郡「乎弥ヲミノ神社」に比定する説がある。醍醐天皇の時代の創立と伝える。余呉湖口にあり、近世初め海宮社が勧請され、海宮神と尊称された。旱魃時には下流黒田くろだ木之本きのもと千田せんだ(現滋賀県木之本町)唐川からかわ(現同県高月町)四ヵ村民が社参したのち、湖口(引尻川)を浚渫して引水した。明和七年(一七七〇)の旱魃時には四ヵ村六〇〇人余が参り、海宮神に神酒一斗樽一、下余呉村庄屋をはじめ村中に一斗樽などを持参して引水している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android