ヒスイ(読み)ひすい

改訂新版 世界大百科事典 「ヒスイ」の意味・わかりやすい解説

ヒスイ(翡翠) (ひすい)

玉(ぎよく)の一種。ジェードjadeとも呼ばれる。鉱物学的にはヒスイ輝石(ジェダイトjadeite)の微細結晶の集合物である場合と,角セン石の微細結晶の集合物であるネフライトnephriteである場合とがある。前者を硬玉,後者を軟玉と呼ぶ。前者はモース硬度6.5~7,普通は半透明,不透明だが良質のものは透明に近く,希少性とともに珍重される。後者はモース硬度6~6.5,硬玉に比べて色の美しさも劣り,価値は低い。

深い東洋的な神秘をひめた色合を示すヒスイは,古くより中国や朝鮮,日本において珍重されてきた。通常ヒスイと呼ぶ場合は,本ヒスイつまり硬玉を指すが,これを中国産であると思い込んでいる場合が多い。しかし中国には産出せず,商業的な産出はすべてビルマ(現ミャンマー)北部のカチン州であった。それらが1963年ビルマ政府によって国有化されるまで,採掘集荷,中国本土への搬出,さらにその加工,販売のすべてが中国人の手にゆだねられていたために生じた誤解である。硬玉はこのほか日本(新潟県,鳥取県),ロシア(シベリア),アメリカのカリフォルニア州にも産出する。中国においては,殷・周時代より清朝時代まで玉や玉器を珍重してきた長い歴史をもっている。しかしこれらは古玉,つまり軟玉であって,その主産地はシルクロード要衝,新疆ウイグル自治区のホータン地区である。そのほか軟玉の産地にはニュージーランド,シベリア,アラスカ,カナダ,アメリカのワイオミング州,台湾などがある。長年のヒスイに対するもう一つの誤りは,ヒスイを緑色のみと考えてきたことである。本来翡翠とはカワセミの中国名である。羽根は緑色,腹は赤色,背から尾にかけて青色であり,各色をもつという意味でこの小鳥名が硬玉の色表示に使われた。翡は赤色を,翠は緑色を示し,それらの2色をもつ硬玉および軟玉を翡翠玉(玉は宝石の中国名)と呼んだが,いずれかで誤りが生じ,石名の玉が除かれて色名の翡翠が石そのものを指すようになった。実際に硬玉は濃淡の緑色のみでなく,白色から黄色,橙色,赤色,青色,淡紫色,黒色など各色のものがあり,アメリカなどでは緑色よりも淡紫色(藤色)のラベンダー・ジェダイトが珍重される。
執筆者: 前述のようにヒスイは世界的に産地が限定されているが,ヨーロッパでは北イタリアのモンテ・ローザ山に原石が産出し,その転石,漂石がジュネーブ,ヌシャテル,ビアンヌなどスイス側の湖で採集される。古くから玉類を珍重した中国では,白色や緑色の軟玉が主流をなし,硬玉が用いられるようになるのは明・清時代以降のことである。中国で利用されたヒスイは雲南,ビルマ産のものとされている。朝鮮半島でもヒスイの産地は確認されていない。しかし,古新羅の宝冠や耳飾にヒスイの勾玉(まがたま)が多く用いられており,当時の日本から移入したものではないかとされている。

 日本列島では新潟県の姫川支流の小滝川,青海川に産地がある。その転石,海岸漂石が縄文時代中期以降,弥生・古墳時代を通じて北陸地方の攻玉遺跡で硬玉大珠や勾玉に加工され,日本各地に運ばれている。《魏志倭人伝》に倭の特産物として記されている〈青玉〉,あるいは中国の朝廷に贈った〈青大勾珠〉は大型の勾玉ないしは硬玉大珠ではないかとされている。
(ぎょく) →(たま)
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ヒスイをあらわす西欧語jadeはもとejadeと称したが,語頭のeが冠詞の一部と誤解されて脱落した。ejadeはスペイン語のpiedra de ijada(〈横腹の石〉の意)から由来しており,この石,つまりヒスイは腎臓の痛みを治癒させるといわれていた。石とは関係のないijada(横腹)からjadeの語は生じたわけである。なお,スペイン語のijadaはラテン語のilia(横腹)から由来していることを付言しておこう。ヨーロッパにはヒスイのめぼしい産地がなかったため,近代に至るまでほとんど使われることがなかった。ヒスイはもっぱら中国で愛用された宝石で,早くから中国ではヒスイを軟玉と硬玉の二つに区別していた。もっとも前述されたように,硬玉が中国の文明に登場してくるのはかなり遅い。軟玉(ネフライトnephrite)も,ギリシア語のnephros(腎臓)からきた語である。なぜスペインでヒスイが腎臓病に効く護符とみなされたのかというと,たぶんコロンブス発見以前のアステカ文明と関係があるらしく,中国とならんでヒスイが珍重された古代メキシコの習俗がスペインに移入されたのではないかと思われる。葬玉といって,秦・漢時代の中国で軟玉が死体とともに墓中に埋葬されたのは,それが道教の宇宙論的原理の陽に関与しているがゆえに,人体を腐敗から保護すると考えられたためであろう。
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