ニーマン=シュティルネマン(英語表記)Niemann-Stirnemann, Gunda

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ニーマン=シュティルネマン
Niemann-Stirnemann, Gunda

[生]1966.9.7. ドイツ民主共和国,ゾンダースハウゼン
ドイツのスピードスケート選手。1990年代のスピードスケート界に君臨した。12歳で親元を離れ,体育学校に入学。バレーボール選手,ハードル選手を経て 17歳でスピードスケートに転向した。1988年カルガリー・オリンピック冬季競技大会にドイツ民主共和国(東ドイツ)の代表選手として出場し,1500mと 5000mの両種目で 7位に入賞。1992年アルベールビル・オリンピック冬季競技大会ではドイツ連邦共和国西ドイツ)との統一ドイツチームの代表選手として出場,3000mと 5000mで金メダル,1500mで銀メダルを獲得した。しかし,優勝候補として臨んだ 1994年リレハンメル・オリンピック冬季競技大会では 1500mで 3位,5000mで 2位,金メダルを期待されていた 3000mは転倒により失格となった。1995年から 1997年まで主要な大会のメダルをほぼ独占し,マスメディアから「氷の女王」と呼ばれた。1997年4月に膝の手術を受け,夏の間はインラインスケートリハビリテーションに努め,1998年長野オリンピック冬季競技大会 2ヵ月前に 3000mで世界記録を樹立した。長野オリンピックでは 3000mで優勝したほか,1500mと 5000mで銀メダルを獲得した。特に 5000mは初めて 7分の壁を破る 6分59秒65を記録した。オリンピック冬季大会での獲得メダル数は 8個となり,同大会の最多記録と並んだ。世界選手権大会では 8度優勝。1990年に東ドイツの柔道選手デトレフ・ニーマンと離婚後もニーマン姓を名のっていたが,1997年にオリバー・シュティルネマンと再婚後はニーマン=シュティルネマンと名のる。2005年にスケート競技から引退した。(→アイススケートオリンピック冬季競技大会

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