デイ(読み)でい(英語表記)Clarence Day, Jr.

日本大百科全書(ニッポニカ)「デイ」の解説

デイ
でい
Clarence Day, Jr.
(1874―1935)

アメリカの随筆家ニューヨークに生まれる。エール大学に学び、父の株式仲買業を手伝う。アメリカ・スペイン戦争に従軍して関節炎を患い、以後はほとんど病床にあった。『神と私の父』(1932)、『父との生活』(1935)など、19世紀後半のニューヨークの家庭生活をユーモラスに描いた一連の自伝的作品で有名。『父との生活』は1939年脚色され、ブロードウェーで長期公演記録をつくった。

[武田千枝子]

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デジタル大辞泉「デイ」の解説

デイ(day)

デー

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精選版 日本国語大辞典「デイ」の解説

デイ

語素〙 ⇒デー

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世界大百科事典内のデイの言及

【アルジェ】より

…16世紀にスペインが島を占領した後,これを放逐するために市民がオスマン帝国海軍の支援をもとめ,それを契機にアルジェのみならずアルジェリア全土がオスマン帝国の支配下に入った。太守(ベイ,後にデイdeyと呼ばれた)がアルジェに住み,全土を治めたことからアルジェリアの統一と首都としてのアルジェの基礎がつくられた。行政,海賊貿易と国内商業の拠点として栄えたアルジェ市の人口は,18世紀には10万人に達した。…

【オスマン帝国】より

…シリアでもアーヤーン勢力の伸張がみられたが,18世紀末にはボスニア地方出身のアフマド・ジャッザール・パシャAḥmad Jazzār Paşa(?‐1804)の過酷な支配を受けた。北アフリカではデイdeyないしはベイbeyを名のる軍人層が実権を握り,帝国支配はすでに名目的なものとなった。 18世紀以後,地中海やバルカンを経由して帝国各地とヨーロッパ諸国との貿易が拡大すると,帝国内部では,これと結びついて非ムスリム商人が勃興した。…

※「デイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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