ダイナミック・プライシング(読み)だいなみっくぷらいしんぐ(英語表記)dynamic pricing

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ダイナミック・プライシング
だいなみっくぷらいしんぐ
dynamic pricing

需給状況に応じて価格や料金を上げ下げし、需要を調整する経済的手法、あるいはその変動料金をさすことば。一般に需要が集中する季節、曜日、時間帯に価格や料金を高くして需要を抑え、需要が減る季節、曜日、時間帯には安くして需要を喚起する手法をとる。「変動型料金」「価格変動設定」などともよばれる。IoT(モノのインターネット)、AI人工知能)、ビッグデータなどの普及で需要分析手法が進歩し、航空・鉄道・バス・タクシーなどの運賃、有料道路の料金、ホテルや旅館の宿泊料金、スポーツ施設や娯楽施設の入場料、通販サイトの決済などに広く適用されている。ダイナミック・プライシングは事業者の収益を安定させると同時に、資源のむだや商品などの売れ残りを防ぎ、消費者に割安な商品・サービスを提供できる利点がある。一方、市場原理にのみ頼る仕組みのため、戦争、大災害、感染症流行などで需要や供給が極端な不足に陥ると、価格・料金の暴落高騰を招くおそれもある。ダイナミック・プライシングはモノやサービスの供給者が価格や料金を変動させて需要を調整するデマンドレスポンスの一種といえる。

 スマートメーターの普及もあって、アメリカのカリフォルニア州スペイン、北欧諸国などで電気料金へのダイナミック・プライシングの普及が進み、イギリス、フランス、カナダなども導入期に入った。日本でも東日本大震災後、原子力発電所の停止による電力不足を受け、電気料金への適用に関心が集まった。2012年(平成24)の北九州市を皮切りに全国でダイナミック・プライシングの実証実験が行われ、10%前後の節電効果があることが確認された。2016年の電力小売り自由化後、日本でも時間単位で料金を変動させるダイナミック・プライシングが普及すると期待されたが、原発の停止、火力発電所の休廃止、資源高などによる電力不足や電気料金の高騰で、電気自動車向けの夜間充電サービスなど一部のビジネス化にとどまっている。このため、経済産業省はダイナミック・プライシングを適用した電気料金プランの設定を電力事業者に義務づける施策の検討に入っている。

 電気料金におけるダイナミック・プライシングはまず、需要に応じて季節別、曜日別、時間帯別などの基本料金(ベーシック・プライス)を決める。そのうえで、地域エネルギー管理システム(CEMS(セムス):community energy management system)が翌日の天候、気温、降水量、風力や、高校野球やオリンピックといったイベントの有無などを参考に、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー発電量と域内総需要を予測し、時間ごとに細かく変動させたリアルタイム・プライスを決める。さらに発電所事故など想定外のリスクが生じた際に、基本料金を大きく上下させる緊急料金(クリティカルピーク・プライス、CPP)を適用する。需給逼迫(ひっぱく)時に、節電した利用者にお金などを戻すピークタイム・リベートという手法をとる場合もある。各家庭や企業などには、電力消費を常時計測するスマートメーター(次世代電力計)を設置し、家庭用エネルギー管理システム(HEMS(ヘムス):home energy management system)やビルエネルギー管理システム(BEMS(ベムス):building energy management system)を使って、時間ごとに変動する電気料金情報を、家庭、事務所、工場などのテレビやタブレット型端末などへ通知する。電気料金へのダイナミック・プライシング導入に関しては、家庭ごとの電力消費情報などの把握が重要となるが、電力消費情報によって個人の生活状況が他者に知られてしまうのを防ぐために、個人情報の保護が課題になるとも指摘されている。

[矢野 武 2022年9月21日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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