日本大百科全書(ニッポニカ) 「セミ」の意味・わかりやすい解説
セミ
せみ / 蝉
cicada
昆虫綱半翅目(はんしもく)同翅亜目セミ上科Cicadoideaに含まれる昆虫の総称。中形から大形の昆虫で、体長8~70ミリメートル。頭部には左右に離れた複眼、頭頂部に三角形に並んだ3個の単眼、短い触角がある。口吻(こうふん)は長く、畳んだ際には中脚または後脚まで達する。前胸背は鎧(よろい)状の内片と板状の外片からなる。中胸背は丸みがあって大きく、はっきりとした斑紋(はんもん)をもつことがある。中胸背の後方には隆起した部分があり、その形からX隆起とよばれる。これは、ほかの半翅類における小楯板(しょうじゅんばん)に相当するものである。はねは一様に膜質で堅く、透明のことが多い。前翅は長く三角形で、後翅はその2分の1から3分の2の長さである。はねには太くてしっかりとした脈が通り、前翅の翅端近くにある4本の横脈上に暗色紋をもつことがある。脈の通り方はセミ全体で共通している。3対の脚(あし)のなかで、前脚が太く、ほかの同翅類(ヨコバイ、アワフキムシなど)と異なって、後脚が跳躍脚とはならない。雄の腹部には特殊化したりっぱな発音器があり、一方、雌の腹端には太くて鋭い産卵管がある。この産卵管は左右2本からなり、それぞれの外側先端部には鋸(のこぎり)の歯のようなぎざぎざがある。
[林 正美]
発音器・聴器
セミは大声で鳴く昆虫として知られる。セミにとって発音活動は生活のうえで重要な役割を果たしている。
セミの雄の発音器は大きく分けて、次の三つの部分からなる。
(1)音(基音)を発生する部分 これは腹部第1~2節の変形によるもので、V字状に腹面で癒合した1対の太い発音筋と、その先端(背面側)に付着する貝殻のような形をした発音膜(tymbal)である。発音筋と発音膜は三角形の薄い腱(けん)で連結される。筋肉のすばやくて振幅の小さい伸縮により発音膜が振動する。
(2)音を増長する共鳴室 腹部内にみられる空間で、ときには共鳴室が発達して腹部全体が空洞のようになることがある。
(3)鳴き声のリズム・抑揚をつける部分 背弁と腹弁がこれにあたり、発音器の保護も兼ねている。とくに腹弁(後胸の一部が発達したもの)は、腹面側を覆い、すきまを開閉することにより、種独特の鳴き声となる。腹弁の形状は種により多少とも異なっていて、同定に役だつ部分である。
聴覚器官(耳)は第2腹節腹面の両側にあり、薄くて透明な鼓膜tympanum(鏡膜(きょうまく)ともいう)と、その側方にある聴器嚢(ちょうきのう)からなる。鼓膜上に伸びる聴突起から聴器嚢へと振動が伝わる。雄では、発音中には聴覚器が働かない。
[林 正美]
分類・分布
セミはアワフキムシ、ヨコバイ、ツノゼミに近縁の昆虫である。種々の形態的特徴から、アワフキムシにとくに近いと考えられている。
世界に分布するセミは約1600種といわれ、それらの多くは熱帯・亜熱帯地方にすんでいる。とくに、中央・南アメリカと東南アジアには多くの種が知られている。セミ(セミ上科)には二つの科が認められ、一つがセミ科Cicadidaeで、もう一つがテティガルクタ科(ムカシゼミ科)Tettigarctidaeである。後者は中生代ジュラ紀に栄えた原始的なセミで、体中に長毛が密生し、頭部が小さく、左右の複眼が近接し、3個の単眼は大きい。発音器も未完成の状態で、聴覚器を欠いている。化石種が多いが、オーストラリア南東部に2種が現生している。いずれも山地性で、昼間は樹皮下に隠れ、夜に活動する。セミ科は6亜科に分けられるが、どの仲間でも少なくとも雄は発音する。聴覚器も備えている。発音器が完全で、背弁をもつセミ亜科にはもっとも多くの種が属し、普通、セミといえばこの仲間をいう。セミ亜科Cicadinaeに似ているが、背弁を欠くことで区別されるチッチゼミ亜科Tibicininaeにも世界で多くの種が知られる。そのほか、中胸背にやすり板からなる副発音器をもつテティガデス亜科Tettigadinae(南アメリカ)、雄の発音器は退化するが、はねを体にたたきつけて発音するプラティペディア亜科Platypediinae(北アメリカ西部)などがある。
日本には32種のセミが知られ、3種がチッチゼミ亜科に、29種がセミ亜科に分類される。これらは15属に分けられ、属当りの種数は、世界的にみてもかなり少ない。このことは、いろいろな系統群の一部が日本に分布していることになり、豊富なセミ相をつくっている。亜熱帯気候の琉球諸島(りゅうきゅうしょとう)には多くのセミがすみ、日本産セミの約60%にも及ぶ。日本最大種はヤエヤマクマゼミCryptotympana yayeyamanaで、体長(翅端まで)が約70ミリメートル、最小種はイワサキクサゼミMogannia minutaで約20ミリメートルである。琉球諸島では島嶼(とうしょ)という独特な地理的条件により、島ごとに種分化している場合がある。ニイニイゼミ類、ツクツクボウシ類などにみられる。
[林 正美]
生態
セミは熱帯地方に発展した昆虫であり、そのため、温帯域では暖かい季節に出現することが多い。日本では、セミは夏の昆虫とのイメージが強いが、なかには春や秋に出現するものがあり、2~12月にはどこかでセミの声が聞かれる。もっとも早く現れるのがイワサキクサゼミで、早い所では2月上旬に鳴き始める。一方、もっとも遅くまで鳴いているのはオガサワラゼミMeimuna boninensisで、12月に入ってもその声が聞かれ、12月30日に確認されたこともある。本土ではハルゼミTerpnosia vacuaがもっとも早く、4月下旬(南九州では3月末)に鳴き始める。続いて、エゾハルゼミTerpnosia nigricosta、ヒメハルゼミEuterpnosia chibensis、ヒグラシTanna japonensis、ニイニイゼミPlatypleura kaempferi、コエゾゼミTibicen bihamatusが順を追って鳴く。真夏にはアブラゼミGraptopsaltria nigrofuscata、クマゼミCryptotympana facialis、エゾゼミTibicen japonicusが鳴き、一歩遅れて8月後半にアカエゾゼミTibicen flammatus、ミンミンゼミOncotympana maculaticollis、ツクツクボウシMeimuna opaliferaが最盛期を迎える。平地では9月中ごろにチッチゼミCicadetta radiatorの声がよく聞かれ、九州の対馬(つしま)には秋冷の10月下旬にチョウセンケナガニイニイSuisha coreanaが鳴く。
種によって、出現時期が決まっているのと同じように、1日のうちで鳴く時間帯(日周期)もだいたい決まっている。ヒグラシは夕方と明け方、クマゼミは朝に、アブラゼミやニイニイゼミもとくに夕方によく鳴く。琉球諸島にすむクロイワゼミBaeturia kuroiwaeは午後7時過ぎの30分間しか鳴かない。このような日周期性は明るさ(日の出、日没時刻)などに大きく関係しているらしい。きわめて正確な日周期性は、熱帯地方にすむセミにわりあい一般的にみられる現象である。
発音活動は、セミが種族を維持するためにとても重要な役割をもつ。鳴き声にひかれて雌が近くに飛来すると、そこで交尾が行われる。したがって、鳴き声に種特異性がある。発音活動に伴う習性もいろいろ知られる。一鳴きして飛び移り、また鳴くという「鳴き移り」がある。これは、クマゼミ、アカエゾゼミによくみられ、ほかのセミの多くにもときどきみられる。山地にすむエゾゼミ類や琉球諸島のツマグロゼミNipponosemia terminalisは逆さに止まって鳴く習性がある。ハルゼミ、ヒメハルゼミには合唱性があり、1個体の雄が鳴き始めると、たちまちほかの雄がそれに同調して鳴き出し、しばらくするとすべて鳴きやむ。ヒメハルゼミの合唱は大規模で、森林全体がうなるような感じである。北海道に分布するエゾチッチゼミCicadetta yezoensisは、飛びながらも鳴くという変わった習性があり、鳴き声の調子を変化させずに飛び移る。
セミの止まる木の種類はとくに限定されることがなく、1種のセミがいろいろな木にすむ。しかし、ハルゼミは、例外的にマツ類に限ってすむ。ほかのセミでも嗜好(しこう)性にやや違いがあり、クマゼミはセンダン、エゾゼミ、チッチゼミはアカマツやスギ、ミンミンゼミはケヤキ、ツマグロゼミはイスノキやクロヨナを好むようである。セミは普通、樹木(木本類)に生息するものであるが、琉球諸島に分布するイワサキクサゼミは、その名のとおりサトウキビやススキなどのイネ科草本類にすんでいる。
標高によって種構成がいくぶん異なり、平地にはクマゼミ、アブラゼミ、ニイニイゼミ、ヒメハルゼミ、ツクツクボウシが多いのに対して、標高600メートル以上の山地にはエゾゼミやアカエゾゼミが、1000メートルを超えるとコエゾゼミやエゾハルゼミが多くみられる。このような垂直分布は北方に行くにしたがって不明瞭(ふめいりょう)となり、北海道ではアブラゼミとエゾハルゼミやエゾゼミが平地に生息している。
[林 正美]
生活史
セミは、はかない命の代名詞になるくらい寿命が短いとされている。ところが、実際は、成虫期間は普通10~20日間に及ぶ。一方、幼虫期はきわめて長く、数年から17年の地中生活を送る。頑丈な産卵管で植物組織内(おもに枯れ枝中)に産まれた卵は1~2か月または約10か月で孵化(ふか)し、幼虫は自発的に地上に落下し、土のすきまをみつけて地中に潜る。1~2ミリメートルの1齢幼虫は根から樹液を吸いながら成長し、4回の脱皮を繰り返して終齢(5齢)となる。このころには、いままで白かった体も褐色となり、1年から数年後に成虫へと変身する。卵から成虫までの期間は一部の種でわかっており、アブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミなどで6~7年、ニイニイゼミで4年、イワサキクサゼミで2年、北アメリカの周期ゼミMagicicada spp.で13年または17年である。成長期間は卵期の長さとやや関係があるように考えられる。十分成育した幼虫は夕方から夜半にかけて地上に現れ、木に登って羽化する。羽化4、5日後に雄は鳴き始める。
[林 正美]
天敵
セミの一生でもっとも死亡率が高いのは、地中に潜る前の1齢幼虫のときである。孵化が昼間に行われることもあり、地上に落下した幼虫の多くはアリに食われ、1齢時の死亡率は95%以上にもなる。地中での幼虫期にはモグラ、アリなどに、成虫は鳥、クモ、ヤブキリ、カマキリ、トンボ、ムシヒキアブなどの天敵に捕食される。これらの捕食性天敵のほかにも、コバチなどの卵寄生バチ、セミヤドリガ、ヤドリバエ(ともに成虫に寄生)、セミタケ(幼虫に寄生)、セミカビ(成虫に寄生)などの寄生性天敵も知られる。
[林 正美]
民俗
セミは伝承上、鳥類一般と近い性格を備えている。鳥と同じく前生を人間であるとする伝えも多い。日本では、ヨキ(斧(おの))をなくした木こりが「ヨーキー」と探しながらセミになったとか、旅で死んだ筑紫(つくし)の人が故郷を慕ってセミになり、「ツクツクシ」と鳴くとか、兄を木の上から見送っていた弟がセミになり、「見る見る」と鳴くなどという。中国にも、夫より遅く帰った怠け者の妻が、「遅了(チーラ)、遅了(遅れた、遅れた)」といいながらセミになったという伝えがある。台湾のタイヤル族やマレー半島のセマン人にも類話がある。鳴き声から鳥と同類としたのであろう。フィリピンのイゴロット人では、セミが鳴くとき物音をたてると風の神が怒り、暴風雨をおこすという。インド洋のアンダマン諸島にも同じ伝えがある。セミの声をたいせつにしたのであろう。アンダマン諸島では、セミは天候や季節を支配する神の子供で、創世神話の主役でもある。鳥も魚もいなかった時代、ある夕方、祖先たちは、セミが鳴いているので雑音をたてた。神は怒って暴風雨をおこし、人間はすべて鳥や魚やカメや野獣になったという。また夜の起源神話にも登場する。トカゲが土の中のセミをみつけ、祖先たちの前に出し、押しつぶすと、世界は暗くなった。セミを蘇生(そせい)させようと、鳥や虫が歌い踊ると、セミはまた鳴きだし、世の中は明るくなった。これから昼と夜が交互にくるようになったという。セミの習性を反映した神話である。
[小島瓔]