ゴンザレス・トレス(読み)ごんざれすとれす(英語表記)Félix Gonzáles-Torres

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゴンザレス・トレス」の意味・わかりやすい解説

ゴンザレス・トレス
ごんざれすとれす
Félix Gonzáles-Torres
(1957―1996)

キューバに生まれアメリカで活動した美術家。1979年から83年までニューヨークのプラット・インスティテュートの修士課程に学んだ。83年にホイットニー・アメリカ美術館のインディペンデント・スタディ・プログラムに参加。87年にニューヨークの国際写真センターでM. F. A. (美術修士号)を取得。

 87年から91年までコンセプチュアルパブリック・アート集団「グループ・マテリアル」の一員として活動。91年には単独で、MoMAニューヨーク近代美術館)を中心に、街の24か所に二つの枕が並ぶベッドの写真を大きな看板にして設置するパブリック・プロジェクトを行い、公の空間に私的要素を介入させた。

 90年、ニューヨークのアンドレア・ローゼン・ギャラリーで初個展。そこでは長方形の紙シートが柱状に積まれ、観客は紙を1枚ずつ持ち帰ってよいことになっていた。ミニマリズム的形態を紙という素材で表し、形態は観客の参加によって時間の経過とともに変化していく同作は、完璧なオブジェよりも、物が誘導する観客の参加や、その経験が促す知覚や感情の発見を重視していた。その姿勢は、91年から始めれらたキャンディー彫刻にも表れていた。この作品は、ゴンザレストレスと彼のパートナーのロス・レイコックRoss Laycockの体重を足した重さのキャンディーを、床に任意な形で積み上げるよう展示側に依頼(そのとき、作品展示依頼の「証明書」が付される)し、観客はキャンディーを1個ずつ持ち帰ることができるようにした。

 日常的に手に入れやすい物やすでに存在する写真を再利用し、新しい状況に応じた視点から再構成するというのが、すべての作品に共通する傾向だった。その姿勢は、87年から92年につくられた、身の回り事物の写真や、古い写真を撮り直しつくられたパズルや、87年から95年、彼自身や依頼者の生きてきた年月に起こった個人的、歴史的に重要な出来事を年代に関係なく帯状に並列し、卓上写真立てに入れたり、天井に貼った「肖像」のシリーズによく表れている。また、91年から94年にかけて制作された、キューバやニューヨークのゲイバーによく見られる色ビーズのカーテンや、白いコードに白い陶器のソケットをつけ、そこに24個の電球がぶら下がる作品は、レイコックのエイズによる死を悼む、ゴンザレス・トレス自身の人生における重要な瞬間へのオマージュであると同時に、観客に、安っぽく凡庸な物を通して、美しさや悲劇的な感情を感じ取るきっかけを与えていた。

 キャンディー彫刻、紙シートの彫刻、「肖像」、電球彫刻、色ビーズのカーテンは、基本的に無題でありながら、社会風刺や個人的記憶を暗示する副題がつけられる。そしてそれらは、しばしば組み合わせて展示される。いずれもが、特殊な場や観客との出会いによって新しい意味をもつパブリック・プロジェクトであり、日常の事物を通して抑圧された者の尊厳や生の重要性を暗示するアレゴリーなのだ。一連の活動により、90年代後半に台頭したリレーショナル・アートに与えた影響ははかりしれない。

 91年「グループ・マテリアル」と個人としての活動により、ゴードン・マッタ・クラーク賞受賞。92年のニューヨーク近代美術館での個展、94年のロサンゼルス現代美術館から4か所を巡回した個展、95年のグッゲンハイム美術館からヨーロッパへ巡回した回顧展、死後も、98年のマニフェスタ2(ルクセンブルク)、99年のカーネギー国際美術展(ピッツバーグ)など、グループ展に作品が数多く出品されている。

[松井みどり]

『Dietmar Elgar, Roland Waspe, Andrea Rosen, Rainer Fuchs, David DeitcherFelix-Gonzales-Torres; Catalog Raisonne (1997, D. A. P. , New York)』

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