おもな枕詞とかかり方(読み)おもなまくらことばとかかりかた

日本大百科全書(ニッポニカ) 「おもな枕詞とかかり方」の意味・わかりやすい解説

おもな枕詞とかかり方
おもなまくらことばとかかりかた

例歌はすべて『万葉集』による

あしひきの
 山・峯(を)(語義、かかり方未詳)
  あしひきの山のしづくに妹(いも)待つとわれ立ち濡(ぬ)れぬ山のしづくに(巻2)
あづさゆみ
 音・末・周淮(すゑ)(地名)・引く・春、など(梓(あずさ)の弓のもつ属性による。春は弓を張るところから同音に転じたかかり方)
  梓弓春山近く家居(いへを)らば続(つ)ぎて聞くらむ鶯(うぐひす)の声(巻10)
あらたまの
 年・月・来経(きへ)(語義、かかり方未詳。荒玉の鋭(と)しと続く意か)
  わが形見(かたみ)見つつ偲(しの)はせあらたまの年の緒(を)長くわれも偲はむ(巻4)
あをによし
 奈良例外として国内(くぬち)(語義、かかり方未詳。奈良から青土(あおに)を産したとも)
  あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり(巻3)
いさなとり
 海・浜・灘(なだ)(勇魚(いさな)=鯨をとる海と続いてかかる。他はその転用)
  昨日(きのふ)こそ船出はせしかいさなとり比治奇(ひぢき)の灘を今日見つるかも(巻17)
いはばしる
 淡海(あふみ)(国名)・滝・垂水(たるみ)・神南備(かむなび)山(岩に水が激し、飛沫(ひまつ)〈泡〉をあげる意でかかるか。神南備山の場合は未詳)
  石走(いはばし)る垂水の上のさわらびの萌(も)え出(い)づる春になりにけるかも(巻8)
うちひさす
 宮・都(日の射す宮、都を褒めたたえる意。「うち」は接頭語
  うちひさす宮道(みやぢ)を人は満ち行けど我(あ)が思ふ君はただ一人のみ(巻11)
うつせみの
 命・仮(か)れる身・人・世(この世の人の意。転じて蝉(せみ)の抜け殻の意となる)
  うつせみの命を惜しみ波にぬれ伊良湖(いらご)の島の玉藻(たまも)刈り食(は)む(巻1)
おしてる(や)
 難波(なには)(日光が一面に照る意でたたえる意か。詳しくは不明)
  おしてるや難波の津ゆり船装(ふなよそ)ひ我(あ)れは漕(こ)ぎぬと妹(いも)に告(つ)ぎこそ(巻20)
おほふねの
 渡(わたり)の山・香取(かとり)(ともに地名)・津守・たのむ・ゆた・たゆたふ・ゆくらゆくら、など(大船から受ける多様な連想から)
  大船の思ひたのめる君ゆゑに尽くす心は惜しけくもなし(巻13)
かむかぜの
 伊勢(いせ)(神風の息吹の意か)
  神風の伊勢の国にもあらましを何しか来(き)けむ君もあらなくに(巻2)
くさまくら
 旅、例外として多胡(たこ)(地名)(旅で草を結んで枕(まくら)にするところからかかる)
  家にあれば笥(け)に盛る飯(いひ)を草枕旅にしあれば椎(しひ)の葉に盛る(巻2)
こもりくの
 初瀬(はつせ)(山に囲まれた所の意)
  隠(こも)りくの初瀬の山に照る月は満ち欠けしけり人の常なき(巻7)
しきたへの
 枕(まくら)・床・衣・袖(そで)・袂(たもと)・手枕(たまくら)・家・黒髪(敷物の布あるいは織り目の細かい布の意で、広く寝具および関連する語にかかる)
  敷栲(しきたへ)の袖交(か)へし君玉垂(たまだれ)の越智野(をちの)過ぎゆくまたも逢(あ)はめやも(巻2)
しろたへの
 衣・衣手・下衣(したごろも)・袖(そで)・たすき・紐(ひも)・帯・枕(まくら)、など(白い布の意から広くかかる)
  さ寝(ね)そめていくだもあらねば白栲(しろたへ)の帯乞(こ)ふべしや恋も過ぎねば(巻10)
そら(に)みつ
 大和(やまと)(語義、かかり方未詳)
  ……そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え……(巻1)
たまかぎる
 ほのか・はろか・ただ一目・夕(ゆふ)へ・日・岩垣淵(いはがきふち)(玉が微妙な光を発して輝く意から、連想される種々の語にかかる)
  たまかぎる夕(ゆふ)さり来ればさつ人の弓月(ゆづき)が岳(たけ)に霞(かすみ)たなびく(巻10)
たまかづら
 花・実・絶えず・遠長(とほなが)く・影・懸(か)く・さきく(たまは美称。かづらはつる性植物。髪飾り〈かげ〉にし頭に懸けるなどする)
  たまかづら懸けぬ時なく恋ふれども何しか妹に逢(あ)ふ時もなき(巻12)
たまきはる
 内・宇智(うち)(地名)・命・幾代(いくよ)・吾(わ)(語義、かかり方未詳)
  たまきはる命は知らず松が枝(え)を結ぶ心は長くとぞ思ふ(巻6)
たまくしげ
 明く・開く・覆ふ・二上(ふたがみ)山・三諸(みもろ)・蘆城(あしき)(以上三つは地名)・奥に思ふ(たまは美称。櫛笥(くしげ)は化粧道具を入れる箱。箱の開閉や蓋(ふた)や身(み)のあるところから種々の語にかかる)
  玉くしげ明けまく惜しきあたら夜を衣手離(か)れて一人かも寝む(巻9)
たまだすき
 畝傍(うねび)(地名)・懸く(たまは美称。襷(たすき)をうなじに懸ける意から続ける)
  思ひあまりいたもすべなみたまだすき畝傍の山に我(わ)れ標結(しめゆ)ひつ(巻7)
たまづさの
 使(つかひ)・妹(いも)(たまは美称。使いや、妹の使いは梓(あずさ)の杖(つえ)を持つ習慣があったという)
  人言(ひとごと)を繁(しげ)みと君に玉梓(たまづさ)の使も遣(や)らず忘ると思ふな(巻11)
たまのをの
 絶ゆ・乱る・継ぐ・くくり寄す・間(ま)も置かず・長し・現(うつ)し心・惜し(玉を貫く緒の意から、緒に関連する語にかかる)
  君に逢(あ)はず久しくなりぬ玉の緒の長き命の惜しけくもなし(巻12)
たまほこの
 道・里(陽石の意で、道や里の入口に邪悪なものの侵入を防ぐために立てるのでかかるとする説がある)
  玉桙(たまほこ)の道に出(い)で立ち別れなば見ぬ日さまねみ恋しけむかも(巻17)
たらちねの
 母(満ち足りる意の足らしの転と、女性の尊称「ね」の複合したものか)
  たらちねの母が手離れかくばかりすべなきことは未(いま)だせなくに(巻11)
ちはやぶる
 神・宇治(神の荒魂(あらたま)が猛威を振るう意でかかる。宇治への続きは未詳)
  我妹子(わぎもこ)にまたも逢(あ)はむとちはやぶる神の社(やしろ)を祷(の)まぬ日はなし(巻11)
つゆしもの
 秋・置く・消(け)・過ぐ(露や霜の性格に関連する語にかかる)
  露霜の消(け)やすきあが身老いぬともまたをちかへり君をし待たむ(巻12)
とぶとりの
 明日香(あすか)・早く来(く)(飛ぶ鳥のように早く来と続く。明日香の場合は不明)
  飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去(い)なば君があたりは見えずかもあらむ(巻1)
とりがなく
 あづま(東国)(東国人のことばが鳥の鳴くように聞こえたのでいうか)
  息(いき)の緒(を)に我が思ふ君は鳥が鳴く東(あづま)の坂を今日か越ゆらむ(巻12)
ぬばたまの
 黒・髪・夜・宵・夕(ゆふ)へ・月・夢・妹(いも)、など(ぬばたまはヒオウギの実か。黒いので、黒や暗い夜の概念内の諸語にかかる)
  ぬばたまの夜は明けぬらし玉の浦にあさりする鶴(たづ)鳴きわたるなり(巻15)
ひさかたの
 天(あめ)・雨・月・都(語義、かかり方未詳。天にかかるのが本来的用法)
  ひさかたの天行く月を網に刺し我が大君は蓋(きぬがさ)にせり(巻3)
まそかがみ
 見る・目・懸く・磨(と)ぐ・床の辺(へ)去らず・照る・清し、など(鏡の美称で、鏡の属性と関連する語に広くかかる)
  まそ鏡見飽かぬ君におくれてや朝夕(あしたゆふ)へにさびつつをらむ(巻4)
もののふの
 宇治・八十(やそ)・石瀬(いはせ)(地名)(文武百官の意で氏(うじ)の多いところから。八十へ、石瀬も五十(いそ)に言いかけたものらしい)
  もののふの八十宇治川の網代木(あじろき)にいさよふ波のゆくへ知らずも(巻3)
ももしきの
 大宮(多くの石や木で築いたの意であろう)
  百石木(ももしき)の大宮人は暇(いとま)あれや梅をかざしてここに集(つど)へる(巻10)
やすみしし
 我が大君(天皇を賛美した語)
  安見知之(やすみしし)わが大君の敷きませる国の中(うち)には都し思ほゆ(巻3)
わかくさの
 つま(夫・妻)・思ひつく・新手枕(にひたまくら)・脚結(あゆひ)(若草のみずみずしく魅力的なところからかかる。脚結の場合は未詳)
  若草の新手枕を巻きそめて夜をや隔てむ憎くあらなくに(巻11)
[橋本達雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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