あなかしこ

精選版 日本国語大辞典

あな‐かしこ

〘連語〙 (「あな」は感動詞、「かしこ」は形容詞「かしこし（畏）」の語幹。「穴賢」と書くのはあて字。恐れ慎み、恐縮する感情などを、感動的に表わす慣用句)

① 恐れ慎む気持を表わす。

(イ) （尊いものに対して）ああおそれ多いことよ。もったいないことよ。

※竹取（９Ｃ末‐１０Ｃ初）「うべ、かぐや姫のこのもしがり給ふにこそありけれとのたまひて、あなかしことて、箱に入れ給て」

(ロ) （恐るべきものに対して）ああ恐ろしいことよ。ああこわいことよ。

※源氏（1001‐14頃）行幸「少々の人はえ立てるまじき殿の内かな。あなかしこ、あなかしこ」

② 相手に対する呼び掛けの言葉。恐れ入りますが。失礼ですが。

※紫式部日記（1010頃か）寛弘五年一一月一日「左衛門の督『あなかしこ。このわたりに、わかむらさきやさぶらふ』とうかがひ給ふ」

③ 相手の言動をたしなめ規制する気持を表わす。そんな憚(はばか)り多いことを言ってはいけない。そのようなことは慎みなさい。とんでもないことです。また、下の禁止表現と呼応して、ゆめゆめ、決して、の意を表わす場合があり、これを副詞とする説もある。

※宇津保（970‐999頃）楼上上「あなかしこ。ゆめ聞き入るな。しも人はさぞあなる」

④ (おそれ多く存じます、の意で手紙文の文末に用いられて形式化したもの) 相手に敬意を表わす仮名書状の用語。多く文言の終わりにおかれるがまれに初めにおかれることもあり、男女ともに用いた。恐惶謹言(きょうこうきんげん)。かしこ。かしく。

※宇津保（970‐999頃）楼上下「『つきせずおもひ給ふる、あなかしこ』ときこえ給ふ」

⑤ 浄土真宗で御文様(おふみさま)を誦(じゅ)する時、一節ごとに必ず唱える句。雑俳などで浄土真宗を暗示する。

※雑俳・柳多留‐一一三（1831）「いい宗旨酒と肴と穴かしこ」

[語誌]④のように古来、手紙の書止語として用いられたが、まれに頭語として用いられることもある。「書札作法抄」に、武家の書簡の用語であり、主家から家人への書状に用いるとされている。

出典　精選版 日本国語大辞典