長倉・沓野(読み)ながくら・くつの

日本歴史地名大系 「長倉・沓野」の解説

長倉・沓野
ながくら・くつの

[現在地名]山ノ内町大字平穏

沓野の長い丘陵台地の突端に近く長倉(奥長倉)が諏訪社を祀って発展した。しかし沓野山の入山口にあたり、草津道の宿場にもあたる沓野の集落が上手に発達するにつれて長倉は社地を残して移り、天正六年(一五七八)頃は空郷となっている。

沓野山には、松平忠輝が慶長二〇年(一六一五)一五ヵ所の巣鷹山すだかやまを設けて巣鷹見衆を一一人任命していたが、真田領になると、元禄七年(一六九四)鷹見たかみ巣守すもり」を「山見・山改」に改め山林の管理にあたらせた。山林資源と温泉によって発展してきた沓野は湯田中ゆだなか村より独立しようと藩に願って、宝暦一二年(一七六二)一二月、沓野村本田検地、次いで新田検地を行って事実上分村し、安政二年(一八五五)七月、土目録・山地境・給仕女等に関する協定をなし、特に山地引分けには示談金一〇〇両を湯田中に支払って完全に分村した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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