見附新町(読み)みつけしんまち

日本歴史地名大系 「見附新町」の解説

見附新町
みつけしんまち

[現在地名]見附市しん町一―三丁目・南本みなみほん町二―三丁目・ほん町一丁目

見附町に隣接する。文久三年(一八六三)の肝煎金井家の御用届(金井謙三氏蔵)中の五郎兵衛家筋之覚によると、寛文五年(一六六五)村松藩の許可を得て町立てを開始し、漸次もと町より移ったと伝える。このときの町屋敷は間口五間、奥行二五間という。移転後も地割や家作が行われていたことは、天和元年(一六八一)の方々万留書帳(小林麗子氏蔵)の、延宝四年(一六七六)の地割には藩役人が来たなどの記事により知られる。高札場も当地に置かれ、宿駅業務を主とした町として形成された。正徳二年(一七一二)の見附町新町田畑土免斗代帳(家坂トシ氏蔵)によれば、畑方のみ七町四反余・物成四三石九斗で、ほかに久志本御師旅屋屋敷(当地には伊勢御師の「伊勢御旅屋」のあったことが確認できるがあるいはそれか)、御用達商人の渋谷八之丞居屋敷などの除地があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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