日本大百科全書(ニッポニカ) 「英語」の意味・わかりやすい解説
英語
えいご
インド・ヨーロッパ語族、ゲルマン語派の西ゲルマン語系に属する言語。現在、世界の六つの大陸のいずれにおいても用いられており、それらの総人口の7人に1人は、なんらかの形で英語を用いているといわれている。それは、母語である場合も、第二言語である場合もあり、単に外国語として用いられているという場合もある。それほど身近なものであっても、開き直って、「英語とは、いったい何をさすか」と問うならば、明確に限定されたものをさすのではないことが、すぐに明らかになるであろう。
まず第一にさまざまの変種がある。イギリスの英語、アメリカの英語、カナダの英語、オーストラリア、ニュージーランドの英語、インドやパキスタンの英語、アフリカの英語などは、すべて英語である。イギリスやアメリカの内部にはさまざまな方言があり、方言のなかには、地域的なものも、階級的なものもある。ロンドンの下町ことば、アメリカの黒人英語は、イギリスやアメリカのいわゆる標準的な英語とは異なっているが、「英語ではない」といえるかというと、そうともいえない。
地域的な広がりに加えて、時間的な厚みもある。若者の英語、老人の英語、1000年前の英語、まだ生まれていない子孫たちの話す英語なども、当然、英語のなかに含まれることになる。したがって、「英語とは何か」という問いに対し、明確な境界決定を伴った対象を示すことは、ほとんど不可能になってくる。
こういうふうにみてくると、「英語とは何か」という問題を考える際には、現実に用いられている英語のサンプルよりは、むしろ、そのサンプルの背後にあって、それらを生み出す基となっている、ほぼ等質的な、抽象化され、理想化されている規則の体系を、一次的な対象と考えていくのがよいと考えられる。
[安井 稔]
英語の成立
現在、イギリスの標準語とされているのは、ロンドンを中心とする地域で用いられている、教養ある人々の英語である。この、いわゆる標準英語は、ほぼ15、16世紀のロンドンの英語にさかのぼる。初期近代英語の名でよばれている時期の英語であり、シェークスピアや『欽定(きんてい)訳聖書』the Authorized Version(1611)などの英語によって代表される。
この時期のロンドン英語が現在の標準英語の直接的先祖となりえたのは、当時ロンドンが政治、商業などの中心地であったことに起因する。オックスフォードおよびケンブリッジ両大学が比較的近くにあったことも関係している。英語はほぼ現在の形に固まりかけてから約500年の歴史をもっていることになるが、この初期近代英語をそれ以前の段階の英語と比べるとき、それを特徴づけているもっとも大きな特色は、語順の確立と、つづり字の固定という点である、とすることができる。とくに、語順の確立という現象は、英語が示している際だった特色である。それは、英語が、豊かな屈折語尾の消失という現象と引き換えに得た特性であり、一般に考えられている以上に、英語という言語の特性の中核をなしているものである。
[安井 稔]
系譜関係
英語における最古の文献は7世紀末ごろのものである。しかし9世紀末に至るまでの文献はきわめて少ないので、実質的な英語の歴史は約1000年であると考えてよい。
英語の歴史をさらにさかのぼっていくと、大陸において話されていた言語にたどりつき、究極的にはインド・ヨーロッパ祖語Proto-Indo-Europeanに行き着く。もっとさかのぼろうとすると、人間の言語の起源という未解決の問題に行き当たることになる。
インド・ヨーロッパ祖語というのは、約5000年前にヨーロッパ南東部で話されていたと考えられる言語で、その語族の一つにゲルマン語派Germanicがあり、これは西ゲルマン語、北ゲルマン語、東ゲルマン語に分化した。英語は、ドイツ語、オランダ語、フラマン語、フリジア語などとともに、西ゲルマン語に属する。英語ともっとも密接な関係にあるのはフリジア語である。結局、英語は、アイスランドからインドに及ぶヨーロッパおよびアジア西部で話されているさまざまの言語と系譜的につながっているが、直接の姉妹関係にあるのは、西ゲルマン語に属する言語だけであることになる。フリジア語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、ヒンディー語は、いずれも英語と関係があるけれども、親近性ということになると、この順に低くなる。印刷された本の版面をみると、英語は、ドイツ語よりはフランス語に、より親近性をもっているような印象を与えるが、これは英語がフランス語系統の語を大量に借用しているからで、基礎的な単語を比べるなら、ドイツ語との親近性はすぐに判明する。
[安井 稔]
時代区分と各時期の特色
英語の歴史は、通例、古期英語Old English (OE)、中期英語Middle English (ME)、近代英語Modern Englishという三つの時期に分けられる。古期英語はだいたい7世紀から1100年まで、中期英語は1100年から1500年まで、近代英語は1500年以降の英語をさし、20世紀に入ってからの英語をとくに現代英語Present-day English (PE)とよぶ。だいたいの目安ということであれば、古期英語はアルフレッド大王の英語によって代表させてよく、中期英語はチョーサーの英語によって代表させてよい。古期英語と中期英語とをくぎる歴史上の大事件として、1066年のノルマン人のイギリス征服ノルマン・コンクェストがあり、中期英語と近代英語との間には、15世紀末ごろにおける印刷術の導入という事件が介在している。
屈折語尾という角度からみると、古期英語期は完全屈折の時代、中期英語期は屈折語尾水平化の時代、近代英語期は無屈折時代とよばれる。古期英語は、印象的にいえば、むしろ現代のドイツ語に似ており、屈折語尾は現代のドイツ語より豊富であった。約1000年という時の流れのなかで、英語はその屈折語尾の大部分を振るい落としたのに、ドイツ語はそれらをほとんどそのまま保っているということで、この点からすると、英語という言語は、ドイツ語という言語より革新的な言語であったというふうにいってよい。
古期英語の名詞には四つの格があり、それぞれに単数形と複数形の別があり、名詞ごとに文法的な性が決まっていた。形容詞は、各品詞のなかでもっとも多くの屈折語尾をもっており、理論的に可能な屈折形の数は180個にも達していた。すなわち形容詞は、ともに用いられる名詞と数、格、性において一致し、したがって、単数形・複数形、男性形・女性形・中性形の区別があり、弱変化と強変化とがあり、比較変化ももっていた。動詞の場合、人称語尾は、現代英語では、三人称、現在、単数で-sがつくだけであるが、古期英語では、すべての人称に人称語尾がつき、単数形と複数形で形が異なり、過去形においても単数形と複数形とでは形が異なっていた。
屈折語尾が豊富であると、文中における語と語の間における文法関係は、屈折語尾によって明らかであるため、語順は比較的緩やかであるが、中期英語になって、屈折語尾が水平化し、互いに区別できなくなるにつれ、語順はしだいに固定化し、屈折語尾によって示されていた文法関係は、主として語順によって示され、また前置詞を用いることがしだいに多くなっていくことになる。
古期英語から中期英語への推移に関して、とくに注目すべきは、方言の盛衰ともいうべき現象である。結論的にいうと、古期英語期において文学上の標準語とみなされていたのは、ウェスト・サクソン方言West Saxonという、イギリスの南部から西部にかけて話されていた方言である、ということである。アルフレッド大王の用いていたのもこの方言である。このことは、現代イギリス標準語と約1000年前の標準語とは、直接的なつながりをまったくもっていないということを意味する。ウェスト・サクソンの文学標準語としての伝統は、ノルマン人の征服によって断ち切られ、その後にみられた乱立方言のなかから、ロンドン方言が優位を占めるに至り、現在の標準語の源となったのであった。
中期英語を特色づけているもっとも顕著な点は、ノルマン人の征服がもたらしたと考えられる影響である、といえるであろう。それは、フランス語の流入と、屈折語尾の消失という二点に集約できるであろう。まず、ノルマン人のイギリス征服に伴い、支配階級の言語は、フランス語の一方言であるノルマン・フランス語一色となり、この状態が約300年の間続くことになる。こうして一時はノルマン・フランス語に押され、いわば一種の伏流と化した英語が、土語的な存在からふたたび勢いを盛り返して、表舞台に登場するに至るのは、14世紀になってからで、「法廷における使用言語は英語と定める」という法令が公布された1362年が、英語の復権を象徴する記念すべき年号であることになる。が、そのころ英語はすでに屈折語尾の大半を洗い落とし、イギリスの文芸復興期と重なる近代英語の幕開きを迎えることになる。
近代英語期は、初期近代英語(1500~1700)、後期近代英語(1700~1900)、現代英語(1900~現在)という三つの時期に下位区分される。初期近代英語と後期近代英語の境界をなしているのは、中期英語から初期近代英語にかけて生じた「大母音推移」の名でよばれる大きな音変化現象の一段落、および、大略、現代英語のようなつづり字習慣の確立である。また、形態論的特徴も統語論的特徴も、18世紀、すなわち後期近代英語の時期に入ると、その大綱は現代英語とほとんど違わなくなってくる。近代英語を大きく特色づけているのは、大量の、そして多様なラテン系の借用語、および英語の分析言語的性格であろう。
英語の歴史は、割り切っていえば、総合的言語から分析的言語への歴史であったということができる。すなわち、その歴史は、古期英語期における複雑な語形変化をもつ言語から、語形変化が簡単で、文法関係を語順や前置詞のような機能語によって表す現代英語への脱皮という歴史であったことになる。近代英語期になってから発達したものとしては、ほかに助動詞の体系があり、また「be+ing」による進行形が確立したのは17世紀に入ってからであり、「be+being+過去分詞」による受動進行形の形が用いられるようになったのは18世紀末ごろからである。複雑な屈折語尾をほとんど振るい落としてしまっている英語は、屈折語尾に関する限り、その分だけ簡単化されているわけで、一般に英語は習いやすく、使いやすい言語であるとされる要因になっている。英語が世界的な規模で広く用いられ、一種の国際補助語的存在となるに至っているのも、英語圏の国々がもっている政治的、経済的影響力とは別に、英語という言語の構造的側面に、その原因の一端があることは否定できないであろう。
[安井 稔]
現代英語の特色
つづり字
一般に、英語のつづり字はきわめて不規則で、語の音を忠実に表してはいないといわれる。この種の評言は、明らかに、まったく的外れであるということはない。が、誤解を与えやすい点をいくつか含んでいる。まず、こうした評言は、英語のつづり字がまったくでたらめである、ということを意味するものではない。まったくでたらめであるなら、第一、覚えることができなくなるはずである。しかし、事実はそうではない。まったく知らない単語を示されても、かなりの精度で発音することができるし、その逆もいえる。それは、われわれが予想する以上に、規則的な部分がたくさんあるからである。その規則性の本質的な部分は「間接性」という点に求めることができるであろう。現代英語における音声とつづり字との対応関係は、確かに、発音符号と、それによって表示される音との間にみられるような直接的なものではない。が、いわば、一種の補助線のごときものを補ってやると、その規則性が浮かび上がってくるのである。概略的にいえば、現代英語の発音は、初期近代英語の発音が大母音推移とよばれる大規模な音変化を受けた結果、得られるに至っているものである。一方、現代英語のつづり字は、初期近代英語期のつづり字がそのまま固定化したものである。しかも、中期英語までさかのぼれば、英語の発音とつづり字とは直接的な対応関係を示すものであった。先に「一種の補助線」といったのは、実質的には、現代英語の発音から、大母音推移による音変化を差し引き、発音様式を約500年分だけ昔に戻してやる、ということを意味する。換言すれば、現代英語のつづり字は、15世紀ごろの英語の発音をかなりの程度まで「規則的に」示しているものであり、また、きわめて不規則に思われるつづり字には、それぞれ理由があるということになる。
アメリカ英語American Englishのつづり字は、いくつかの点でイギリス英語British Englishのつづり字と異なっている。が、その違いは、英語全体からみると微々たるもので、一般には、誇張されやすいといったところがある。また、アメリカ式つづり字法は、N・ウェブスターによって提案された改革のいくつかが生き残ったものであるが、その改革は新奇を意図したものではなく、できるだけ、語源的に正しく、類推しやすいつづり字ということを意図して行われたものであることにも留意すべきである。たとえば、アメリカ式つづり字の典型例ともいうべきhonor、labor、colorなどは、ラテン語のhonor、labor、colorを基にしたつづり字であり、center、meterなどはnumber、chamberなどの類推に基づいているものである。
[安井 稔]
語彙
英語の語彙(ごい)は、ドイツ語やフランス語に比べると著しく混質的である。英語の語彙をゲルマン系、ロマンス系およびその他の三つに分けると、それらの百分率は概略 35:55:10 であるといわれ、本来語の要素より外来系の語の要素のほうが多くなっている。ただ、使用度数という角度からみると、ゲルマン系の語の使用度数が圧倒的に多く、85%に上るといわれる。それにしても、英語は世界中のほとんどすべての言語から借用をしており、しかも、その語数の多いことは、世界の一、二を争う言語であると思われる。この場合も、政治的、経済的要因とは別に、英語という言語が、その屈折をほとんど失っているため、また、表音性の高いアルファベットによる書記体系を備えているため、いわば、その門が、どのような外国語の流入に対しても開かれている、という構造的な要因の存在を忘れてはならない。
屈折語尾の消失という現象は、品詞間の転換を容易にするという思いがけない結果をも招来している。名詞をそのまま動詞に用いたり、形容詞をそのまま動詞に用いたりすることが、現代英語ではなんの不思議もなく行われているが、これは、他の言語からみれば、一種の言語的離れ業といって差し支えないものである。dust(ほこりを払う)、water(〔草木に〕水をやる、〔ウイスキーなどを〕水で割る)、book(予約する)、green(緑にする)など。外来語も同じ扱いを受けるので、たとえばkarateは「空手で打つ」という意味の動詞としても用いられる。名詞を他の名詞の前に置いて形容詞的に用いるという傾向も、現代英語の著しい特徴の一つで、pillow fight(〔子供がよくやる〕枕(まくら)合戦)、state university(州立大学)、citizenship qualifications(〔市民権を得るに必要な〕市民資格)などの例は無数につくることが可能であり、a clothes basket(洗濯物籠(かご))、Boys Town(少年の町)にみられるように、名詞の複数形まで形容詞的に用いることができる。「名詞+名詞」の結合は、通例、「形容詞+名詞」の結合と同様、「第二強勢+第一強勢」の型で発音されるが、これが「第一強勢+第三強勢」の型で発音されるようになると、複合語とみなされる。複合語というのは、全体で一つの単語とみなされるということである。たとえば、pillowcase(枕カバー)、station wagon(ステーション・ワゴン)などをはじめ、sports day(スポーツの日)、savings bond(貯蓄債券)、wages council(賃金審議会)などはいずれも複合語である。屈折語尾の消失によって可能になった自由な品詞の転換は、英語における多彩な語形成を支える大きな原動力ともなっていることがわかる。
[安井 稔]
統語論
分析的になった現代英語は、屈折による語形変化をほとんどもたない。名詞のmanを例にとればman、man's、men、men'sの4形があるだけで、動詞driveの場合ではdrive、drives、drove、driven、drivingの5形があるだけである。代名詞にはいくつかの屈折変化があるが、形容詞にはない。したがって、全般的に、英語はきわめて簡単な言語であるという印象を与える。英語には文法がないという人までいる。しかし、これは明らかに誤りである。英語が入りやすく、窮めがたい言語であることもよく知られているところである。これは、簡単な語形変化と、複雑な文法をもっているためであるとしてよい。複雑な文法というのは、簡単な語形変化に対する代償であるといってもよい。そういう英語の文法の中核をなしているのは何であるかというと、それは固定した語順であると考えることができる。
たとえば、〔1〕The hunter killed the bear.(その猟師はそのクマを殺した)と、〔2〕The bear killed the hunter.(そのクマはその猟師を殺した)とを比べると、用いられている単語はまったく同じであるのに、〔1〕と〔2〕とでは、殺されたものがまったく異なる。その原因は、単語の配列順にある。単語の配列順が簡単な場合、「主語+述語動詞+目的語」の形に固定していると、伝達内容は、この形にあわせて言語化しなければならない。しかも伝達内容は概略、旧情報と新情報という二つの部分に分かれる。旧情報というのは、相手がすでに知っている、と話し手の側で判断している事柄であり、新情報というのは、相手が知っていない、と話し手の側で判断している事柄である。言語の使用は一般に、旧情報という、いわば杭(くい)に新情報をひっかけるというふうにして行われる。これは、どのような言語においても、言語である限りかならず備えている側面で、日本語では主語の旧情報、新情報は、「は」と「が」で区別される。英語では、これを固定した語順のなかで行わなければならない。そのうえ、これも、どの言語でも必要なことであるが、疑問文、感嘆文、命令文、平叙文などのように、話し手が相手に対してどういう姿勢で話をしているかということや、自分の述べている命題内容に対し、話し手がどれだけ確信をもっているかというコメントを示す法性(モダリティmodality)なども、すべて、「主語+述語動詞+目的語」という基本的な語順を守りながら、組み込んでいかなければならない。英語の文構造が現在のようなものになっているのは、煎(せん)じ詰めると、固定した語順が文法関係を示すという特性に、ほとんどすべて還元できるといってよい。日本語のように語順が比較的自由で、文法関係は示さず、語順の決定はむしろ語用論的に行われるという型の言語において、文構造は、英語とはきわめて異なる特徴を示すことになる。英語を文法的語順型言語とすれば、日本語は語用論的語順の言語とよぶことができる。
文法的語順型である英語を特色づけている構文としては、次のものをあげることができる。(1)不定冠詞、定冠詞を含む限定詞体系の発達。(2)文頭の位置を占める、意味内容の希薄なitやthereを含む構文の発達。(3)とくに埋め込み文のなかでは、著しく構造を変えてしまうことのない、いわゆる構造保持的な変形操作のみが発達している。(4)語順で主語が決まる。(5)受動変形、Tough移動、It置き換え変形などのような、新しい主語をつくりだす変形が発達している。(6)疑似分裂文や分裂文のような、概略、前提となる部分と焦点になる部分を統語的に明示する構文が発達している。
(1)と(2)とは、日本語の「は」と「が」の区別とも関係がある。〔3〕(a)The girl came into the room.(その少女は部屋に入ってきた)、(b)A girl came into the room.(1人の少女が部屋に入ってきた)、また〔4〕(a)The book is on the desk.(その本は机の上にある)、(b)There is a book on the desk.(机の上に本が1冊ある)などの例を参照。(4)に関しては、〔5〕Over the fence is out.(〔野球の規則などで、ボールについて〕塀の向こうはアウトだよ)のような文を参照。(5)のTough移動というのは、〔6〕(a)It was not difficult to find you.(あなたを見つけるのはむずかしくなかった)から、(b)You were not difficult to find.(あなたはすぐに見つかった)を導くような操作をいい、It置き換え変形というのは、〔7〕(a)It is likely that he will win.から、(b)He is likely to win.(彼が勝ちそうだ)を導くような操作をいう。(6)の疑似分裂文というのは、〔8〕(a)John bought a car.(ジョンは車を買った)から導かれる、(b)What John bought was a car.(ジョンが買ったのは車でした)のような文のことをいい、分裂文というのは、〔8〕(a)から導かれる〔8〕(c)It was a car that John bought.(ジョンが買ったのは車でした)のような文のことをいう。〔8〕(c)の形の文は日本語にはないもので、しいて訳すと〔8〕(b)と同じ訳になってしまう。不定詞、動名詞、that節、派生名詞化形などがよく発達しているのも英語の特色で、こういう言語的装置は、複雑な意味内容を名詞的表現という、いわばカプセルの中に包み込んで、それを文中の名詞が入ると決められている位置に送り込む機能をもつもので、英語の文構造を重層的なものにしている。
[安井 稔]
アメリカ英語
アメリカ合衆国を中心とする地域において用いられている英語のことを、「アメリカ語」とか「米語」(the American language)とよぶのは適当でない。「アメリカ英語」(American English)とよぶのがよい。アメリカの英語は、英語の一種であって、英語とは別個の独立した言語であるというわけではないからである。
アメリカ英語というのは、理論的には、アメリカ合衆国において用いられている英語なら、そのすべてをさしうるわけであるが、実際に「アメリカ英語」という用語が用いられるのは、それが、イギリスなどの英語と異なる場合に限られる。どれだけ異なればアメリカ英語的であるといえるかというのは、また別のめんどうな問題であり、ここでは、アメリカ英語をイギリス英語から区別している特徴をいくつか略述することにする(「つづり字」については、〔現代英語の特色〕の項で触れた)。
現在のアメリカ英語は、歴史的には、1620年、イギリスからアメリカへ渡ったピルグリム・ファーザーズの英語にさかのぼる。この歴史的事実がもっとも色濃く残っているのは、現代アメリカ英語の発音においてである。たとえば、hot[hat]、grass[græ:s]、boat[bo:t]、secretary[sékrətèri]、tune[tu:n]等々の語にみられるような、いわゆるアメリカ英語式発音は、いずれも、17世紀イギリス標準英語の発音様式を伝えるものである。いわゆる巻き舌音の[r]の場合も同様である。
新大陸に特有の動植物や風物を示す語彙が、アメリカ英語の特色の一つとなっていることはいうまでもない。が、統語論に関する英・米の違いは、ほとんどないに等しく、I will〔一人称単純未来〕、We suggested that he leave at once.〔仮定法現在〕などの用法が目につく程度である。したがって、印刷されたページの字面を見る限りでは、それが英・米いずれの人によって書かれたものかは、しばしば判定つきかねるといえる。
[安井 稔]
『市河三喜・高津春繁編、大塚高信著『世界言語概説 英語』(1952・研究社)』▽『中島文雄著『英語発達史』(1951・岩波書店)』▽『安井稔著『音声と綴字』(1955・研究社)』▽『安井稔著『英語教育の中の英語学』(1973・大修館書店)』▽『安井稔編『新言語学辞典』改訂増補版(1975・研究社)』▽『大塚高信・中島文雄監修『新英語学辞典』(1982・研究社)』▽『S. A. ThompsonModern English from a Typological Point of View : Some Implications of the Function of Word Order, Linguistische Berichte, vol.54 (1978, Friedr. Vieweg & Sohn, Wiesbaden)』