脳塞栓(特に心原性脳塞栓症)

内科学 第10版 の解説

脳塞栓(特に心原性脳塞栓症)(血管障害)

定義・概念
 脳塞栓症心臓内や血管内で形成された血栓が遊離し,末梢の脳動脈を閉塞することで発症する脳梗塞である.
分類
 脳塞栓症は塞栓源の形成される部位の違いにより,心原性脳塞栓症(cardiogenic embolism)と動脈原性脳塞栓症(artery to artery embolism)に大別される.動脈原性脳塞栓症は,臨床分類としてはアテローム血栓性脳梗塞に分類されるため,そちらを参照のこと.本項では心原性脳塞栓症について記載する.
原因・病因
 心原性脳塞栓症の塞栓源となる心疾患は,非弁膜症性心房細動(nonvalvular atrial fibrillation:NVAF)の頻度が最も高い.心原性脳塞栓症の原因疾患を表15-5-12に示す.奇異性脳塞栓症は,心臓の右左シャントを介して静脈系の血栓が動脈系に流入することで発症する.本症の最も多い基礎疾患は卵円孔開存(patent foramen ovale:PFO)であり,塞栓源は下腿の深部静脈血栓が多く,若年者脳塞栓症の原因として近年注目されている.
疫学
 心原性脳塞栓症の頻度は脳梗塞全体の約20%を占め,基礎疾患の45%が非弁膜症性心房細動である(Cerebral Embolism Task Force,1986).
病態生理
 脳動脈が栓子により突然に閉塞するため側副血行が十分に働かず,突発発症で症状が瞬時に完成する.心原性脳塞栓症では,心臓内で形成された血栓や静脈系から遊離した血栓が心臓経由で脳動脈を閉塞して生じる.奇異性脳塞栓症の原因となる右左シャントが起こるためには,肺塞栓症などによる右心系圧上昇の関与が重要である.心内血栓や静脈血栓の形成には脱水などによる血液粘稠度の亢進や悪性腫瘍による凝固亢進状態が関与する.
臨床症状
 突発完成型の発症様式を示し,日中活動時の発症が多い.皮質を含む広範な梗塞巣を形成するため運動麻痺や感覚障害は強く,失語症や半側空間失認などの皮質症状を呈することが多い.
検査成績
1)頭部CT:
超急性期では,梗塞巣は明らかではないが,早期虚血性変化(early CT sign)(図15-5-15A)を認めることがある.発症6時間以降になると梗塞巣は皮質を含む境界鮮明で比較的均一な低吸収域を示す(図15-5-15F).
2)頭部MRI,MRA:
MRI拡散強調画像では発症後1時間頃から細胞傷害性浮腫が高信号として描出される(図15-5-15B).灌流強調画像は脳循環の低下領域の検出に有用である.T2強調画像とFLAIR画像では発症後3~4時間頃から梗塞巣と脳浮腫が高信号域として描出される(図15-5-15D,E).MRAは主幹動脈の狭窄や閉塞病変の非侵襲的診断に有用である.
3)神経超音波検査:
頸動脈超音波検査は,塞栓性内頸動脈閉塞における飛来血栓の検出に有用である.頭蓋内内頸動脈の閉塞例では,頸動脈ドプラ血流測定において障害側の拡張末期血流速度の低下や消失を認める.経頭蓋ドプラ検査は栓子シグナルの検出に有用である.
4)脳血管造影:
脳血管の閉塞や狭窄病変の診断に有用である(図15-5-15C).心原性脳塞栓症の特徴的所見は,栓子陰影,閉塞部位の末梢への移動・消失,動脈硬化性変化の欠如である.
5)SPECT検査:
脳血管閉塞による脳血流低下の領域や程度の診断に有用である.
6)心疾患の検索:
心臓超音波検査,経食道心臓超音波検査(transesophageal echocardiography:TEE),造影心CT検査を行う.心房内血栓や大動脈のアテローム硬化病変の検出には経食道心臓超音波検査が有用である.卵円孔開存の検出には,経食道心臓超音波検査にValsalva負荷を併用したコントラストエコー法を行う(Tegelerら,1991)(図15-5-16).発作性不整脈の診断にはHolter心電図を行う.
7)凝固線溶系分子マーカー:
心原性脳塞栓症の急性期や静脈血栓症に伴い凝固線溶系分子マーカーであるTATやD-ダイマーが高値を示す.悪性腫瘍などに伴う凝固亢進(血栓準備)状態の補助診断にも有用である.
診断
 突発完成型の発症と皮質症状を含む強い神経症候を認める脳梗塞は,脳塞栓症の可能性が高い.さらに塞栓源となる心疾患を有する場合に心原性脳塞栓症と診断する.奇異性脳塞栓症の確定診断には,右心系圧上昇のエピソードおよび右左シャントと静脈血栓の証明が必要である.
鑑別診断
 発症様式,神経症候,梗塞巣の大きさ,基礎疾患から総合的にほかの臨床病型と鑑別診断する.
合併症
 中等症以上の脳塞栓症は消化管出血を起こしやすい.嚥下機能障害により喀痰排出が障害され肺炎を合併することがある.心原性脳塞栓症では,心不全,急性心筋梗塞,不整脈などの合併に注意する.
経過・予後
 心原性脳塞栓症は重症予後不良の場合が多い.発症後2日目から2週間の間に閉塞血管の自然再開通を高頻度に認める.出血性梗塞は約40%にみられ,約5~10%では血腫状になり症状の悪化を示す.発症2週間以内の再発率は10~20%である.
治療・予防
 2009年に改定された脳卒中治療ガイドライン2009をふまえて治療を行う(篠原ら,2009).
1)超急性期から急性期の治療:
 a)抗浮腫療法:頭蓋内圧亢進を伴う大きな脳塞栓症には,高張グリセロール10~12 mL/kgを数回に分割し静脈内投与する.
 b)抗血栓療法 ⅰ)経静脈的血栓溶解療法:本治療法は,発症時刻が明らかな発症4.5時間以内の脳塞栓症で,頭部CTにおける早期虚血性変化(early CT sign)(図15-5-15A)を認めないか軽微である場合に適応になる.しかし症候性頭蓋内出血の危険性を伴う治療法であるため,多くの使用禁忌と慎重投与の基準が定められている【⇨表15-5-11】.血栓溶解薬のアルテプラーゼ(rt-PA;組織プラスミノーゲンアクチベーター)0.6 mg/kg(34.8万国際単位/kg)を経静脈的に投与する.総投与量の10%を1~2分かけて静注し,残りを1時間で点滴静注する. ⅱ)抗凝固療法:心原性脳塞栓症では,発症後24時間以降のCT検査にて出血性梗塞がないことを確認し,再発予防としてヘパリン1万単位/日の持続静注を行う.
 c)脳保護療法:発症後24時間以内の脳塞栓症に対して,抗酸化薬のエダラボン60 mg/日を点滴静注で投与する.本剤の副作用として急性腎不全があり,腎機能障害のある場合には慎重に使用する.
2)発症予防:
NVAFによる脳塞栓症の発症予防は,CHADS2スコアを基準にリスク評価を行い選択・実施する.CHADS2スコアは,うっ血性心不全(C:congestive heart failure)1点,高血圧(H:hypertension)1点,年齢75歳以上(A:age)1点,糖尿病(D:diabetes mellit7+5.5+2+us)1点,および脳卒中・TIAの既往(S:stroke/TIA)2点より構成され,6点満点で2点以上はワルファリンの投与が第一選択となる.リスクが1点以下,年齢が74歳以下~65歳以上,心筋症,女性,冠動脈疾患,または甲状腺中毒を有する場合は,ワルファリン投与を考慮する.ワルファリンの至適投与量は国際標準化比(international normalized rati:INR)を測定し,INR 2.0~3.0になるようにコントロールする.出血性合併症はINR 2.6をこえると急増するため,特に70歳以上の高齢者ではINR 1.6~2.6でコントロールし,2.6をこえない投与量が推奨される.2011年3月に経口直接トロンビン阻害薬であるダビガトランが心房細動による全身塞栓症予防を適応症とし薬価収載された.重篤な副作用として出血合併があり,本剤は約80%が腎排泄であるため,腎機能の評価を厳格に実施し適応を遵守して慎重に使用する.さらに経口Xa因子阻害薬であるリバーロキサバン,アピキサバン,およびエドキサバンが同適応症にて大規模臨床試験での良好な結果が得られ,リバーロキサバンが2012年4月,アピキサバンが同年12月に薬価収載されている.現在のところエドキサバンは本適応症では未収載である.これらの薬剤においても出血合併には十分注意が必要である.
3)慢性期再発予防:
心原性脳塞栓症の慢性期再発予防は,ガイドライン上ではワルファリンが第一選択であるがダビガトランも使用可能となっている.ワルファリンのコントロールおよびダビガトランやリバーロキサバンの使用に関しては発症予防に準じる.[卜部貴夫]
■文献
Cerebral Embolism Task Force: Cardiogenic brain embolism. Arch Neurol, 43: 71-84, 1986.
篠原幸人,他,脳卒中合同ガイドライン委員会:脳卒中治療ガイドライン2009(篠原幸人,他編),pp2-115,協和企画,東京,2009.
Tegeler CH, Downes TR: Cardiac imaging in stroke. Stroke, 26: 13-18, 1991.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報