日本大百科全書(ニッポニカ) 「心臓」の意味・わかりやすい解説
心臓
しんぞう
心臓はヒトおよび動物の血液循環の原動力となる器官であり、収縮と拡張を交互に繰り返すことによって、血液を身体の隅々まで送り出すポンプとしての働きを果たしている。
[嶋井和世]
ヒトの心臓の形態
ヒトの心臓は、心筋(横紋筋)を主体とした厚い壁から構成されている中空性の器官である。心臓の胸腔(きょうくう)内の位置は、胸腔の左右の肺の間(この腔間を胸縦隔とよぶ)の前下部を占め、前方は前胸壁に、後方は食道に接している。心臓の長軸方向は上右後方から下左前方に斜めに走るが、心臓全体としては、その3分の2が正中線より左側に偏在している。心臓の形はモモの実の形で、その上端の広い部分が心底にあたり、太い動・静脈が出入している。心臓の下端は左前方に向き、円錐(えんすい)状に突出して心尖(しんせん)とよぶ。この心尖は、心臓が拍動するたびごとに、前胸壁の左側第5肋間(ろっかん)で胸骨の正中線から約4横指(8~9センチメートル)ほど離れた部分で前胸壁に当たるので、この拍動を体表から触知できる。心臓の前上面は胸骨と肋骨の内面に接するため胸肋面とよび、下後面は横隔膜に接するため横隔面とよぶ。また、心臓の左右面は肺面という。
心臓の大きさはほぼその人の手拳(しゅけん)(握りこぶし)大といわれているが、日本人の場合、その重さは成人で250~270グラム(佐野繁による)ほどである。心臓の重さは年齢とともに増加し、性別でみると、男性のほうが女性よりもやや重い。心臓は右側半分が全身の血液を受け入れ、それを肺に送り出す部分で、左側半分が肺からの新鮮な血液を受け取り、全身に送り出す部分となる。心臓の前面のやや上部には横走する冠状溝があり、この溝の位置に一致して、内部は上方3分の1を心房が占め、下方3分の2は心室が占めている。上方の心房は心房中隔によって左右の心房に分けられ、下方の心室は心室中隔によって左右の心室に分けられている。心房中隔と心室中隔とは連続していて、中隔の大部分は筋性で、一部が膜性構造となっている。
[嶋井和世]
心筋の構造
心臓の壁の厚さの大部分は心筋であるが、この心筋の構造をみると、心房は2層の筋層(内層、外層)からなり、心室は3層の筋層(外層、中層、内層)からなるという特徴をもっている。心房筋と心室筋とは連絡がなく、その境は、心房と心室を上下に分けている輪状の線維輪(冠状溝に相当する位置)となっている。心房筋のうち、外層は左・右心房をいっしょにして取り囲み、横走しているが、内層は線維輪からおこり、左右の心房を別々に輪状に囲み、斜走や横走をしてふたたび線維輪に付着する。心房筋は心室筋に比べると、薄くて発育が弱い。心室筋のうち、外層はまず右上方の線維輪から始まり、右前下方に向かって右心室の前面を走り、心尖(しんせん)に達し、ここで渦巻状に回転して心渦を形成し、そのまま内層に移行していく。内層は左心室壁を斜めに上行し、線維輪に付着する。中層は左右の心室を別々に囲んでほぼ横走している。心室の収縮力は、おもにこの中層筋の力によるものである。心房の内壁面、とくに右心房前部の内面には櫛(くし)の歯状の隆起が平行に走るのがみられるが、これは筋線維束の隆起であり、櫛状筋(しつじょうきん)とよぶ。左心房内面は大部分が平滑である。心室内壁面には筋線維束の隆起が網状にみられるが、これを肉柱(にくちゅう)とよぶ。肉柱のうちのあるものは乳頭状に突出するが、これを乳頭筋という。右心室には3個の乳頭筋がみられ、左心室には2個の強大な乳頭筋が発達している。心臓の内腔面には、単層の内皮細胞層と少量の結合組織とで形成される心内膜があり、心内膜は血液と接している。
[嶋井和世]
心臓と動・静脈
右心房には上大静脈と下大静脈とが注ぐ大静脈洞とよぶ腔がある。右心房から右心室への入口は右房室口とよび、ここには三角形状の右房室弁(三尖弁)がある。三尖弁(さんせんべん)の先端はそれぞれ3個の乳頭筋と線維索の腱索(けんさく)によって連絡していて、尖弁を心室側に引っ張っている。右心室の前上方には肺動脈への肺動脈口がある。左心房には後壁に4本の肺静脈口が開口している。また、左心房の前下方には左心室への入口である左房室口があり、ここには左房室弁(二尖弁あるいは僧帽弁)がある。二尖弁は2個の乳頭筋と腱索でつながっている。左心室の右上隅には大動脈への開口部がある。右心室からの肺動脈口、左心室からの大動脈口にはそれぞれ3枚の半月弁がついている。なお、尖弁、半月弁ともに内膜によって形成されたヒダ(襞)であり、血液の逆流を防いでいる。
[嶋井和世]
心臓の神経系
心臓には外部から交感神経と副交感神経(迷走神経)が分布し、心臓の活動を調節している。交感神経の興奮で心臓は心拍数が増加し、収縮力も強くなるなど活動は活発となり(促進的)、副交感神経の興奮で心拍数の減少、収縮力の低下など活動は弱くなる(抑制的)。このように両神経は相反する作用(これを拮抗作用(きっこうさよう)という)を行いながら、心機能が能率的に維持されるよう協調的に働いているわけである。心臓には知覚神経も分布している。心臓の収縮活動、すなわちポンプの働きは、心臓内に存在する刺激伝導系によって行われている。適正な条件下に置けばこの刺激伝導系が活動している限り、心臓は自律神経(交感神経、副交感神経)の支配を絶たれても、自動的に、リズミカルに収縮運動を続ける。これが、いわゆるペースメーカーとよばれる役割である。この刺激伝導系は特殊な心筋線維から構成されている。すなわち、右心房壁の内腔面近くに存在する洞房結節(キース‐フラック結節)、右心房後壁内の房室結節(田原結節)、この房室結節から出ている房室束(そく)(ヒス束)である。洞房結節の興奮によって心房全体の収縮が生じ、房室結節が刺激されて、この興奮が房室束を通り、心室に伝えられ、心室収縮をおこす。房室結節からの房室束は心房中隔内を下行し、線維輪を貫いて心室中隔に至ると2分岐し、両分岐束は左・右心室内膜下を下行し、プルキンエ線維となり乳頭筋の基部に達する。
[嶋井和世]
心外膜と栄養動脈
心臓を直接包むのは心外膜とよぶ結合組織で、心臓を包んだのち、心臓から出る大血管の根部で反転して外側に移り心嚢(しんのう)として心臓をふたたび包んでいる。したがって、心外膜と心嚢との間には内腔が成立し、少量の心膜液(漿液(しょうえき))が入っている。心臓はさらに外側を厚い結合組織性膜で包まれ、胸骨後面と靭帯(じんたい)で結ばれている。心臓前面の冠状溝には心臓の栄養動脈である左・右冠状動脈が走っているが、心筋に血液を送るこの動脈は吻合(ふんごう)が少ないので、動脈硬化などで血管が細くなり、血流が少なくなると、吻合枝による血液供給が十分でなく、心筋組織の変性をおこしやすい。この変性が心筋梗塞(こうそく)である。動脈硬化による血栓によっても同じ病状がおこる。心臓は発生の経過で複雑な変化をするので、種々の因子によって形成異常がおこり、先天性心疾患を生じやすい。このうち、もっとも多いのは卵円孔開存症である。この疾患は、胎生期に心房中隔で開口している卵円孔が、出生後も閉鎖されず(通常、左・右心房は完全に隔絶される)、開存のままで残されるものである。男性よりも女性に多いとされる疾患で、酸素に乏しい右心房の血液が左心房に送られ、新鮮な血液と混じるため、循環のうえでいろいろの障害をおこす原因となる。
[嶋井和世]
血液の循環
血液は、全身の組織・臓器に酸素や栄養素を供給し、また各組織の活動の結果生じた老廃物や二酸化炭素を受け取り、さらにこれら不要な物質を、処理する臓器(腎臓(じんぞう)、肺)まで送り届けるという重要な運搬の役割を果たしている。この血液に流れ(血流)を生じさせ、運搬の仕事を効果的に行えるようにしている原動力が心臓である。全身を循環して種々の物質を運搬している血液の流れを鉄道に例えるならば、心臓は、各列車が適度な速さで走ることができるようにエネルギーを供給している発電所であるともいえる。発電所が故障すればすべての列車が止まってしまうように、心臓が停止すると血流がとだえ、その結果、全身の組織は酸素不足に陥って速やかに死に至る(心停止後3分で脳死)。
血液の循環経路は小循環(肺循環)と大循環(体循環)とに分かれている。小循環は、肺において酸素を取り込み、二酸化炭素を放出するための回路であり、血液は右心房→右心室→肺動脈→肺毛細血管→肺静脈→左心房の順に流れる。このような小循環に関与するのは心臓の右側(右心系)、すなわち右心房と右心室である。小循環においてこのような血流を生じさせる原動力は右心室であり、右心房と右心室の間には三尖弁が、また右心室から肺動脈への出口には肺動脈弁があって血液の逆流を防いでいる。
一方、大循環に関与するのは心臓の左側(左心系)であり、血液は左心房→左心室→大動脈→動脈→全身の毛細血管→静脈→大静脈→右心房の順に流れ、全身の組織に酸素や栄養素を供給している。大循環の場合、ポンプとして働いているのは左心室であって、左心室の収縮によって血液は大動脈へと勢いよく駆出される。血液が左心室から拍出され、大循環、小循環を経てふたたび左心室に戻ってくるには7~9秒を要するにすぎない。
[真島英信]
心拍数
心臓は安静時には収縮・拡張を1分間に70~80回繰り返して血液を拍出しているが、この心臓の1分間の拍動数を心拍数とよぶ。この心臓の拍動は左前胸部において触知することができる。また、心臓の拍動によって動脈壁にも振動が生じ、頸部(けいぶ)(内頸動脈)や手首(橈骨(とうこつ)動脈)などにおいてこれを脈拍として触知することもできる。したがって、心拍数と脈拍数とは通常一致する。なお、安静時の心拍数には個人差があるほか、年齢や性によっても異なる。乳幼児期には100~140であった心拍数は成長するにつれて減少し、青壮年では70~80、老人では60~70となる。また、女子のほうが一般に男子よりも心拍数は多い。
心室が1回の収縮によって拍出する血液量を「1回心拍出量」とよび、安静時における成人では平均60ミリリットル程度である。また、1分間に心室から拍出される血液量を「毎分心拍出量」とよぶが、これは1回心拍出量に心拍数を乗じることによって求めることができる。安静時の成人における毎分心拍出量は4~7リットルである。1分間の拍動数を70回とすると、心臓は70年間に約26億回拍動を繰り返している。また、1回の拍出量を60ミリリットルとすると、同じく70年間には約1億5000万リットルの血液を送り出すことになる。わずか300グラム弱の器官としてはまさに驚異的な働きである。
[真島英信]
血液の拍出と圧力
心臓はこのように適当な量の血液を動脈へと拍出する仕事を行っているが、血液が動脈から全身にくまなく分布する毛細血管、静脈を経てふたたび心臓に戻ってくるまでの間には、血流の妨げとなる種々の抵抗が存在する。このため、最初に大動脈内に血液を拍出する際には高い圧力をかけて拍出しなければならないこととなる。左心室内腔の圧力を適当な装置を用いて測定すると、左心室の収縮に伴って圧力が上昇し、左心室内の圧力が動脈の最低血圧を凌駕(りょうが)した時点で大動脈弁が開いて血液が動脈中へ拍出されることがわかる。しかし、血液が拍出される速度よりも左心室が収縮する速度のほうが大きいために左心室内の圧力はさらに上昇し、最高時には100~130ミリメートル水銀柱に達する。この値は動脈の最高血圧とほぼ等しい。左心室内の圧力が最高値に達したのち、血液は拍出されていくが、拍出につれて圧力はしだいに低下し、動脈の最低血圧以下となった時点で大動脈弁が閉鎖し、血液の拍出は終わる。しかし、左心室内の圧力は血液拍出終了後も左心室の拡張に伴ってさらに低下し、拡張終期の圧力は10ミリメートル水銀柱以下となる。この拡張期中に左心房と左心室との境界部にある僧帽弁が開き、左心房の収縮によって血液が左心室内へと流入し、左心室は次の収縮に備えることになる。
右心室の拍出血液量は左心室の拍出量に等しいが、その発生する圧力は左心室のそれよりもずっと小さい。これは右心室から拍出された血液は、肺を流れるだけで左心房に流れ込む小循環経路をたどることによる。すなわち、全身を巡る大循環に比べてその経路がはるかに短く、したがって抵抗も小さいわけである。通常、右心室の収縮期圧は20~25ミリメートル水銀柱である。このようなことから右心室の壁の厚さは左心室の壁よりも薄く、発生しうる最大の圧力も左心室では150~180ミリメートル水銀柱であるのに対し、右心室では40~50ミリメートル水銀柱にすぎない。また、心房の壁は右心室よりもさらに薄く、その最大圧は左心房で10~20ミリメートル水銀柱、右心房で4~6ミリメートル水銀柱である。静脈と心房との間には弁がないが、これは心房収縮の圧が低いために逆流がほとんど生じないためである。
心臓拍動に伴う弁膜の開閉や血流の状態の変化によって振動が生じる。これが心音である。心音には、収縮期に房室弁の閉鎖と同時に聞こえる第Ⅰ音と、拡張期に動脈弁の閉鎖と一致して聞こえる第Ⅱ音とを区別することができる。また心臓の奇形や弁膜に逆流を生じた場合(弁膜症)などでは血流の乱れによって雑音(心雑音)を生じる。これら心音や心雑音を聴診器を用いて聴取したり、胸壁上にマイクロホンを置いて記録(心音図)したりすることは、種々の心臓疾患診断のための有力な手段となっている。
[真島英信]
心臓拍動の自動性
心臓は、神経を断っても、あるいは体外に切り出されてもなお一定のリズムで収縮と弛緩(しかん)とを繰り返す。これを心臓拍動の自動性という。心臓がこのような自動性を有するのは、心筋細胞に本来そのような性質が備わっているためであると考えられている。しかし、各個の心筋細胞がかってに異なったリズムで収縮・弛緩を繰り返していたのでは、効率よく血液を拍出することは不可能となる。心臓においては各部分が順序正しく同期して拍動することが必要である。このような心臓全体としてのリズミカルな拍動は、前述した刺激伝導系によってもたらされる。
心臓内における興奮(刺激に反応して活動状態に移行すること)の伝導は、神経による興奮伝導と同様、電気的信号によって行われる。また、心筋細胞が興奮して収縮する際にも電気的変化を生じる。非興奮時には細胞膜の内部は外液に対してマイナス80~90ミリボルトに荷電(分極)しているが(静止電位という)、刺激を受けると急速に分極が消失し(脱分極)、約300ミリ秒後にふたたび静止電位に戻る。これを活動電位という。活動電位を生じている間に細胞内にはカルシウムイオンが流入する。これが契機となって細胞内部のカルシウム貯蔵所(筋小胞体)からカルシウムが遊離され、心筋のフィラメントを活性化して収縮が開始される。心筋の収縮機序(メカニズム)は骨格筋のそれとまったく等しいが、収縮速度は骨格筋に比べてかなり遅い。また、心筋を連続刺激しても刺激間隔が短いと2番目の刺激には反応しない。このような心筋の性質は、心臓拍動のリズムがあまり速くならないようにする点では非常に役だっているわけである。こうした心臓の電気的変化を身体の表面に電極を当てて記録したものを心電図といい、いろいろな心臓疾患の診断に広く用いられている。
以上述べたように心臓には自動的に固有のリズムで拍動を繰り返すという性質が備わっているが、激しい運動をすると脈拍数(すなわち心拍数)が速くなったり、恐ろしい映画を見ると胸がどきどきしたりすることはだれしも日常的に経験することである。このような心臓のリズムや収縮力の変化は主として神経の影響によって生じるものである。
[真島英信]
神経系の作用
心臓は交感神経および副交感神経(迷走神経)によって二重の支配を受けていることは前述のとおりである。すなわち、交感神経の興奮によって心臓は促進され、逆に副交感神経の興奮によって心臓は抑制される。これらの神経の作用は次の三つに分けることができる。
(1)変周期作用 副交感神経の興奮によって心拍数は減少する。交感神経が刺激されると逆に心拍数は増加する。
(2)変力(へんりょく)作用 副交感神経の刺激によって1回心拍出量が減少し、大動脈血圧が低下する。原因は、心房の収縮力が低下することによって心室への血液の流入量が減少するためである。交感神経が刺激された場合は心筋の収縮力が増し、1回心拍出量の増加と大動脈血圧の上昇をきたす。
(3)変伝導作用 副交感神経の刺激により心房から心室への興奮の伝導が遅くなり、交感神経が刺激された場合は心房から心室への興奮伝導時間は短縮される。
これらの交感神経、副交感神経の中枢は心臓抑制中枢(迷走神経背側核)と心臓促進中枢(脊髄(せきずい)上部の側柱にある交感神経中枢)である。さらにこれらの中枢は上位の中枢、たとえば延髄の心臓促進中枢、視床下部、および大脳辺縁系の影響を受けている。普通、睡眠時や安静時には副交感神経の働きが優勢になって心臓の拍動する力は比較的弱くなり、ゆっくりと拍動するようになる。つまり、身体が休んでいるときには心臓も休息できるように働くわけである。逆に運動時には交感神経の活動が優位となり心拍数増加、心収縮力の上昇をきたす。これは、運動時には骨格筋の酸素需要が増すことに対応して送血量を増加させるという、生体のもっている合目的的な調節機構の一例である。また、運動時や精神的興奮時には副腎髄質からアドレナリンというホルモンが分泌されるが、これは心臓に作用して交感神経が興奮した場合と同様の効果を示す。
心臓の収縮力を調節しているのは主として自律神経であるが、心臓自体にも状況の変化に応じて収縮力が変化するという性質が備わっている。イギリスの生理学者E・H・スターリングは、イヌの心臓を肺とともに体外に取り出し、神経支配のない状態での1回心拍出量と大動脈血圧、静脈還流量との関係を調べた。その結果、1回心拍出量は大動脈血圧(駆出抵抗)には関係なく、流入量(静脈還流量)によって決まることがわかった。これを「スターリングの心臓の法則」という。この法則によれば、心筋には長さが長いほど大きな張力を発生するという性質があるため、流入量が多く心室の拡張終期容積、すなわち心室筋線維の長さが大となれば大きな張力を発生することとなり、それだけ増大した流入量を駆出することができることとなる。また、大動脈血圧が上昇した場合も拡張終期容積が大きくなって大きな力を発揮できることになる。この法則から、心臓への流入量が増したときは、心拍数を増すことなく、1回心拍出量を増すことによってその量を処理しうることがわかる。
[真島英信]
冠状循環
心臓は全身の組織に血液を送る働きを行っているが、心臓自体も拍動を続けるためには酸素や栄養素を必要とする。心臓にこれらの物質を供給する動脈を冠状動脈といい、大動脈起始部から出て心臓全体に分布したのち、冠状静脈となって右心房に入る。この一連の流れを冠状循環(冠循環)という。冠状循環には、(1)自己調節が顕著である、(2)収縮期に心室内圧によって圧迫される、(3)神経支配やホルモンの作用が複雑である、などの特徴があるが、原則として、冠状循環の血流量は心室の仕事の増減に応じて増減するように調節されている。冠状循環における心室筋の酸素抜き取り率は高く、冠状動脈の酸素含有量は約20%であるのに対し、冠状静脈のそれは5%である。すなわち、血液が冠状動脈から冠状静脈へと流れる間に血液中の酸素の75%が心筋に摂取されることになる。この率は、心室の仕事が大きくなって酸素消費が増加しても、ほとんど一定に保たれている。このことから、酸素需要の増大に対応して増加するのは心筋の摂取率ではなく、血流量ということができる。また、心筋の物質代謝は骨格筋と同様であるが、心筋はエネルギー源としてブドウ糖のみならず、乳酸や血液中の脂質などをも利用することができる。このように心臓は血流が豊富で酸素の供給も多いが、他方、酸素欠乏には鋭敏であり、血流が4分間以上絶たれると心拍動は停止してしまう。
[真島英信]
心臓の機能と病気
すでに述べたように心臓は一種のポンプであるから、その機能は、必要とされる量の血液を種々の条件下において拍出しうるか否かで評価される。心臓に必要とされる機能は、(1)心筋への酸素供給、(2)弁膜の状態、(3)興奮伝導の様式、(4)神経支配の様式、(5)心筋収縮性、などを安静時から激しい運動時にわたって調節しうる能力をもつ、ということである。
冠状動脈に動脈硬化を生じてその内径が狭くなると、安静時にはなんら異常が認められなくても、運動によって心筋の酸素需要が増した場合には冠血流量を十分に増加させることができなくなり、心筋に酸素不足をきたす。このような状態が狭心症とよばれるものである。つまり、心筋への酸素供給が不足する結果、心臓のポンプ機能が障害された状態といえる。また、弁膜の閉鎖が不十分であると、心室から拍出された血液がふたたび心室に逆流してしまったり、あるいは逆に弁膜の開放が不十分であると、血液の拍出に対する抵抗が増加することになり、心室は必要な心拍出量を維持するために多大のエネルギーを必要とすることになる。このような弁膜の異常が長期間続くと心臓はしだいに肥大し、ついには心筋の収縮性が低下して、身体が必要とする量の血液を拍出できない状態(心不全)となる。このほか、興奮伝導経路に異常を生じると、心拍に乱れを生じる。これが不整脈である。不整脈には、通常、ほとんど健康上の問題とはならない心室性期外収縮から、心拍動の停止に等しい心室細動までいろいろな種類・段階があるが、いずれにしても不整脈を生じると心臓のポンプ機能の効率は低下する。このように心臓がわれわれの身体の需要に対応して効率よく働くためには、種々の因子がどれも欠けることなく円滑に機能して初めて可能となるのである。
なお、心臓の病気としては前述の冠状動脈硬化症、狭心症、心筋梗塞(こうそく)、心臓弁膜症、心臓肥大、不整脈などのほか、先天性心疾患であるファロー四徴症や動脈管開存症などの心臓奇形をはじめ、心臓痛や心臓神経症などもある。
[真島英信]
動物の心臓
動物の体制が複雑になり細胞の数が増えると、体表面から浸透・拡散する栄養分や酸素の補給だけではまにあわなくなる。そのためにこれらを体の隅々まで運ぶ管系が分化してくる。下等な動物では、この管系内の体液の流れは体の運動や外圧などによって受動的につくられるが、やがて体液の流れを積極的につくるため、脈管壁が律動的に収縮する能力を獲得する。これが心臓の起源である。
無脊椎(むせきつい)動物をみると、ミミズには体の長軸方向に伸びる背行血管と腹行血管があり、両者を環状につなぐ血管がある。この血管のうち、体の前方のものが拍動し血流をつくっているので心臓とよばれる。この拍動血管がさらに発達したものが、節足動物などにみられる管状心臓である。節足動物は開放血管系をもつが、体の背側に胸部から腹部にわたって管状の心臓がある。心臓の側壁には心門とよばれる開口があり、血リンパはここから心臓に入り体の各部に送り出される。以上の心臓はおもに栄養分に富んだ血液を送り出す働きだけをする管であるが、さらに発達した心臓は袋状となり、血液を送り出す心室とは別に、体循環からきた血液を受ける心房ができ、さらに呼吸器官との関係が密接になる。たとえば、軟体動物の腹足類では種によりえらの直前あるいは直後に心臓がある。頭足類では体循環を行う心臓とは別に、えらの基部にヒトの右心室系にあたるえら心臓をもつ。
脊椎動物では、魚類の心臓は右心室系のみでえらの手前にあり、体循環ののち心臓に戻ってきた血液は静脈洞、心房を経て心室に入り、心室のポンプ作用でえらに送られる。肺呼吸をする両生類になって、一つの心臓で体循環と肺循環を行うようになる。ただ両生類では心室に隔壁がなく、左心房からの肺静脈血と右心房からの大静脈血は混じってしまう。爬虫(はちゅう)類になると不完全ながら隔壁ができ、鳥類、哺乳(ほにゅう)類で完全に2心室になり、肺循環の右心室系と体循環の左心室系が一つの心臓にまとまる。
心臓は体外に取り出しても自発的に拍動を続ける。この自動性は、節足動物のように心臓表面にある神経細胞群の自発的興奮による場合と、その他の動物にみられるように心筋自身に律動的に収縮する性質がある場合がある。後者の場合は、自動性の中枢としてペースメーカーがあり、拍動の音頭をとっている。
[和田 勝]