20世紀日本人名事典 「米川 正夫」の解説
米川 正夫
ヨネカワ マサオ
大正・昭和期のロシア文学者
- 生年
- 明治24(1891)年11月25日
- 没年
- 昭和40(1965)年12月29日
- 出生地
- 岡山県高梁市
- 学歴〔年〕
- 東京外国語学校ロシア語科〔明治45年〕卒
- 主な受賞名〔年〕
- 読売文学賞〔昭和28年〕「『ドストイエーフスキー全集』の翻訳」
- 経歴
- 少年時代からロシア文学に親しみ、東京外語在学中の明治43年に、級友の中村白葉らと雑誌「露西亜文学」を創刊してロシア文学の翻訳紹介に着手。東京外語を首席で卒業後は陸大や明治大学などでロシア語を教えたが、この間、大正3年にドストエフスキーの「白痴」と「カラマーゾフの兄弟」(抄訳)を出版してから、その訳業はトルストイ、チェーホフ、ゴーリキー、ゴーゴリ、プーシキン、ツルゲーネフら19世紀のロシア作家からレオーノフ、ショーロホフ、エレンブルグなど革命後の作家にまで及び、ロシア・ソビエト文学を体系的にわが国に紹介した。翻訳物のほかにも「ロシア文学史」「ソヴェト旅行記」「ドストエーフスキイ研究」などの著作があり、戦後の昭和20年代に「トルストイ全集」(23巻 創元社)と「ドストエーフスキー全集」(18巻・河出書房)を出している。また21年から37年まで早大教授として教鞭をとる一方、日本ロシア文学会長を務め、日ソ文化交流にも尽力していた。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報