百科事典マイペディア 「プーシキン」の意味・わかりやすい解説
プーシキン
→関連項目グリンカ|コリツォーフ|ダルゴムイシスキー|チャイコフスキー|バラトゥインスキー|ベリンスキー|ボリス・ゴドゥノフ|メリメ|リュビーモフ|レールモントフ
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…ユダヤ人のカニグズバーグE.L.Konigsburg,I.B.シンガー,黒人のハミルトンH.Hamiltonがすぐれ,ほかにフォックスP.Fox,ボイチェホフスカM.Wojciechowskaらが問題作を書いている。
[旧ソ連邦]
かつてロシアでは,A.S.プーシキンが民話に取材して《金のニワトリ》(1834)などを書き,エルショフP.P.Ershovが《せむしの小馬》(1834)を作り,I.A.クルイロフはイソップ風の寓話を,V.M.ガルシンは童話的な寓話を書いたが,いずれも権力に刃向かう声であった。F.K.ソログープは暗い影の多い不思議な小説を作り,L.N.トルストイはおおらかな民話と小品を発表した。…
…ロシアにおけるロマン主義の最も代表的な宣伝普及者の一人。プーシキンの親友で,彼にバイロンの意義を説いた。初期の詩は古典主義的・知性的要素を多くとどめているが,1820年代後半にはロマン主義的モティーフをうたったすぐれた抒情詩(《滝》(1825),《波立ち》(1829)など)を数多く書いた。…
…もちろん,熟達した翻訳者においては,これは母国語の場合のように行われてしまうのであるが。しかし,翻訳は了解ばかりでなく,翻訳言語による〈再表現化〉(ロシア文学の父,A.S.プーシキンがすでにこの概念を用いている)の作業をともなっている。すなわち,翻訳者は原語テキストの読者であると同時に,翻訳テキストの受容者たちにとって原作者の代理,あるいは新しい作者として登場することになるから,先に挙げたコミュニケーション図式は翻訳者を接点にして,原作者→原語テキスト読者/翻訳者→翻訳テキストの読者,というように二重化されるのである。…
…ただし,前時代に比べて多くの新しい特徴を示すこの時期の書き物のことばを,新ロシア語New Russianと呼ぶ。 A.S.プーシキン(1799‐1837)は韻文と散文の両方の作品で新しい言文一致の模範を示し,まもなくそれがすべての人の受け入れるところとなって,ついにロシア語の全国民的な諸規範が確立した。広義の現代ロシア標準語Modern Literary Russianはプーシキン以後現代までのロシア語を指すが,より厳密には,1930年代後半からの約50年間に定まった書きことばと話しことばの諸規範を意味する。…
… その他の国々では,ロマン主義は多くの場合国家統一へと向かうナショナリズムの進展と並行し,国民的な意識の高揚を目ざす国民文学運動として展開された。例えば,イタリアではリソルジメントと呼応しマンゾーニやレオパルディが文学運動を推進し,あるいはロシアではプーシキンやレールモントフらが,フランス文学の影響を排してロシア固有の文学の創造を目ざす国民文学運動としてのロマン主義を展開した。 この汎ヨーロッパ的な文芸運動も19世紀中ごろにはほぼ終わり,リアリズム等の旗印のもとに各国の社会状況に即した文芸思潮が登場した。…
※「プーシキン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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