米子村(読み)よなこむら

日本歴史地名大系 「米子村」の解説

米子村
よなこむら

[現在地名]須坂市米子町

現須坂市東南部。米子川(百々どど川上流)右岸、東は北の土鍋どなべ山・浦倉うらくら山・四阿あずまや山の線で上野国と境。北は土鍋山・米子山・蓑堂みのどう山の線で灰野はいの村・塩野しおの村と境する。西は蓑堂山で塩野村、南西は米子川・不動滝・根子ねこ岳北ひそうねの線で亀倉かめくら村と境。南は四阿山・根子岳の山稜で、菅平すがだいら(現小県ちいさがた真田さなだ町)と境する。県境を底辺とする狭長な三角形。

浦倉山北西へ奇妙きみよう山の支脈、その北背に土鍋山南西からきたさわが発源、ほぼ村の中央を流下してやまかみで米子川に合す。村東南部は径約三キロの四阿山カルデラ。硫黄鉱床がある。米子川は山ノ神より上流は渓谷下流峡谷となり、比高約四〇メートル前後の崖をなす。この段丘上の長さ三キロ、幅五〇〇メートルの地が耕宅地。用水湧水と、山ノ神下流の鳴岩なりいわから米子川を引水。現在は北ノ沢を鳴岩隧道を通し引水(→百々川。東南部山地は上信越国立公園に属す。

米子村
こめごむら

[現在地名]三和村米子

南は岡木おかぎ村、北は広井ひろい村に接する。文禄(一五九二―九六)頃の頸城郡絵図には「山浦分此外三方分米子村 上」とみえ、本納五三石五斗四升五合・縄高一九八石八斗一升九合三勺、家七軒・二六人とあり、下広田しもひろた村と長岡なおか(現上越市)との中間に描かれる。正保国絵図では高一八八石余。天和三年郷帳によれば高二一六石五斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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