福原城跡(読み)ふくわらじようあと

日本歴史地名大系 「福原城跡」の解説

福原城跡
ふくわらじようあと

[現在地名]大田原市福原 城の内

ほうき川と蛇尾さび川との合流点より下流約一キロの箒川右岸段丘上にある。福原の古名にちなみ北岡きたおか城ともいう。北は箒川に面した断崖、東・南・西の三方に土塁がめぐらされ空堀が残る。南面は塩那えんな丘陵地帯。近年、郭内の開田、用水路・県道の造成などにより遺構のほとんどが消滅した。郭内外にはホリノウチ(堀の内)・シロノウチ(城の内)・ジゴクバシ(地獄橋)・銅金橋・バンバ(馬場)・田宿・大宿などの地名が残る。

福原城跡
ふくはらじようあと

[現在地名]佐用町佐用 福原

佐用さよ城ともいう。佐用川の西岸に突き出した標高二〇〇メートルの丘陵上に築かれた中世の城跡。現在国道三七三号の拡幅によって一部が破壊されている。建武年間(一三三四―三八)に佐用兵庫介範家が築いたとされるが不詳。天正五年(一五七七)一二月五日の羽柴秀吉書状(下村文書)に福原城とみえ、城主福原助就が毛利方であったため羽柴秀吉方の竹中半兵衛・小寺官兵衛孝高らに攻められ、同年一一月二七日城下で一戦に及んだが城主はじめ残らず討たれて落城した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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