日本大百科全書(ニッポニカ) 「白痴(坂口安吾の小説)」の意味・わかりやすい解説
白痴(坂口安吾の小説)
はくち
坂口安吾(あんご)の戦後を代表する短編小説。1946年(昭和21)6月『新潮』に発表。47年5月、同名の短編集を中央公論社より刊行。東京が太平洋戦争の空襲下にあるころ、映画演出家伊沢と逃げ込んできた白痴の女が、猛火の舞い狂うなかを手に手をとって落ち延びる物語である。伊沢は火炎から女をかばいながら、火も爆弾も恐れなくていい、死ぬときはいっしょだといいきかせるが、女の稚拙でいじらしい反応に、彼は逆上しそうになる。戦争を起こした非人間的な巨大な歴史への意志に、白痴を対置させた意味はきわめて鮮烈で、戦後のすさんだ人々の心にほのぼのとした生きる糧(かて)を与えるものであった。
[伴 悦]
『『白痴』(新潮文庫)』