田儀櫻井家たたら製鉄遺跡(読み)たぎさくらいけたたらせいてついせき

国指定史跡ガイド の解説

たぎさくらいけたたらせいてついせき【田儀櫻井家たたら製鉄遺跡】


島根県出雲(いずも)市多伎(たき)町にある製鉄遺跡近世初期から1890年(明治23)までの約250年間、島根県中部の谷間にある現在の市内多伎町、宮本地区に本拠をおいたのが田儀櫻井家である。当時、たたらの鑢()を中心にした付属建物、従事した人々の集落などを含む地域を山内(さんない)と呼び、山内の人々は技術者であり、周辺の村落とは区別されていた。隆盛を誇った田儀櫻井家は明治時代に廃絶したが、関連した遺構群は山林の中に良好な状態で残された。これが宮本鍛冶山内遺跡で、田儀櫻井家の本宅、菩提寺である智光院と歴代当主の墓地、大鍛冶場と山内集落、山内の人々の信仰を集めていた金屋子(かなやご)神社などが含まれている。また周辺には、田儀櫻井家に鉄素材を供給した製錬遺跡が数多く分布する。古来、この地域では砂鉄を原料にした、たたら製鉄が行われており、宮本地区から8km離れた朝日たたら跡は、製錬炉全体が良好な状態で残っている。出土遺物から19世紀前半から中葉ごろに操業していたことが確認され、田儀櫻井家がこの地で操業したとの伝承と合致する。宮本鍛冶山内遺跡と朝日たたら跡は、近世のたたら製鉄の一貫した工程を把握することができる重要な遺跡であるとして、田儀櫻井家たたら製鉄遺跡の名称で、2006年(平成18)に国の史跡に指定された。2009年(平成21)に、多伎町にある聖谷(ひじりだに)たたら跡、越堂(こえどう)たたら跡の2ヵ所が追加指定されている。宮本鍛冶山内遺跡へは、JR山陰本線田儀駅から車で約20分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報