改訂新版 世界大百科事典 「流動性のわな」の意味・わかりやすい解説
流動性のわな (りゅうどうせいのわな)
liquidity trap
J.M.ケインズの流動性選好理論において,人々が将来利子率が上昇するという弱気の期待をもつとき,貨幣量の増加がなんら利子率の下落をもたらさなくなるような状態。現在債券の利子率がある正の値をとっていても,将来利子率が上昇すると利子収入は資本損失によって消し去られてしまうことが起こりうる。たとえば毎期1ポンドの確定利子が支払われる無期限国債コンソルの市場価格は市場利子率の逆数に等しい。したがって市場利子率が4%のときには無期限国債の価格は25ポンドするが,5%に上昇するとその価格は20ポンドに下落する。すなわち,わずかばかりの利子収入に比べて市場利子率の変動に伴う資本価値の変動はきわめて大きい。このことは無期限でない長期国債についても近似的に成立する。そこで利子率が一定以下に下がると,将来におけるわずかな利子率の上昇も証券保有者に資本損失をもたらすのである。そこで一定限度以下に市場利子率が下がると貨幣に対する流動性需要は無限になるというのが流動性のわなの議論である。これに対してはパティンキンDon Patinkin(1922-95)やJ.トービンのミクロ的分析に基づく理論的批判がある。それと同時に,両大戦間の大不況期を例外とすれば流動性のわなのような状態が現実の日本経済や世界経済に見いだされることはまれである。しかしながらケインズが,人々が弱気の期待をもつ結果,本来ならば利子率が下がるはずなのに下がらない,いいかえれば価格メカニズムがL.ワルラスの考えたように円滑に働いて利子率の水準が妥当な水準にいつも戻ってくるとは限らないことを指摘した功績は大きい。
執筆者:浜田 宏一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報