殿台村(読み)とのだいむら

日本歴史地名大系 「殿台村」の解説

殿台村
とのだいむら

[現在地名]成東町殿台

成東村の東に位置し、作田さくだ川とさかい川が流れる。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高三五〇石。寛文八年(一六六八)の鷹場五郷組合帳では成東下組に属する旗本酒井・山口領が富田とみたと記されているが、当村をさすと思われる。安永三年(一七七四)の武射郡各村高支配帳(渡辺家文書)では旗本二氏のほか旗本永田領。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では高三九三石余、前記旗本三氏のほか幕府領があり、家数二四。領主は以後幕末まで同じ(旧高旧領取調帳)。安政二年(一八五五)の書上帳(土屋家文書)によれば家数二〇・人数九五、馬三。

殿台村
とのだいむら

[現在地名]若葉区殿台町・みつわだい一―二丁目

現若葉区の北西部にあり、千葉町の北方にあたる。北は六方ろつぽう野、南は穴川あながわ野が広がる。前畑まえばたに殿台城が築かれたというが未詳。寛文一二年(一六七二)の六方野開発裁許絵図裏書(宇那谷町有文書)に村名がみえ、この秣場に入会っていた。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では高二二七石余で、旗本石尾領。寛永二年(一六二五)より同領であったとされ、幕末まで変わらない。犢橋こてはし(現花見川区)の大助郷で、また東金御成とうがねおなり街道の道掃除を負担した(天保一四年「犢橋村明細帳」町野家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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